2011年3月11日 東北大震災

その日のことは、以前に書いた  → あれから1年


そう、そのとき娘はしっかりしていて

元気で(いや、決して健康ではなかったが)


そう、生きていた


死ぬなんてコレッポッチも思っていなくて





3月11日、家に帰る予定だった娘は

震災後の渋滞を避け、病院に預かってもらった

よかった

普段の3倍以上、かかったのだから



でも、翌日すぐに迎えに行き


3月13日は娘の誕生日だった


17歳




娘には内緒でサプライズを用意していた





娘の中学時代の同級生たちが

遊びに来てくれたのだ



つい1カ月くらい前にも、来てくれた

だから娘は思いもよらなかっただろう



でも、そのとき友だちから言ってくれたんだ


「娘の誕生日に、また来ていいですか?

できればサプライズにしていただけると。。。」



本当に私は嬉しくて

担当医にもお願いして

治療のスケジュールよりも誕生日優先にしてもらって




そして、その日がやってきた


2011年3月13日


・・・まだ、去年なんだ。。。






「でも、本当にいきなり来たら

ビックリするだろうし

準備もあるだろうから

当日、1時間くらい前にメールします」


友だちからそう聞いていた私

ドキドキしながら待っていた




「おかあさん!!」

素っ頓狂な娘の声



「あの、みんな、来てくれるんだって!!!

これから!!

私の誕生日だからって

みんなが来てくれるんだって!!!!

どうしよう???」




「ほんと?

よかったじゃない。

どうする? 着替える???」



そう、パジャマってわけにも、ね

せっかく友だちが来てくれるんだもの



「ああ、そうだ

着替えるよ」






友だちとの時間はキラキラと過ぎて行った

娘の部屋からは

笑い声と話し声と笑い声と・・・


本当にキラキラした時間だった


このまま時間が止まって

いつまでも笑っていてくれたらと思った


夫とリビングですることもなく

その笑い声を聞いていた


常に娘を見続けていた私は

部屋から聞こえてくる声だけを聞くのは新鮮で

とても幸せだった


これが17歳だよね?

ずっとずっと、親の横にいるのは不自然なんだ。。。






少しの心配と

ずっと聞いていたい後ろ髪を絶ち

私はスーパーに買い物に出かけた


「明日の朝パンと・・・」





そして、愕然とした

スーパーからモノが消えていたのだ



いや、正確には

肉や魚、野菜など

明日の夕飯に支障の出るような生鮮食料品は普通にあった


なかったのは

カップ麺やパン、お菓子など

何でこんなものが??と思うようなものの棚が空っぽだった

っていうか

スーパーの棚が空っぽなんて

あまり見たことがない

特売のもやしが売り切れ、ならわかるが

インスタント食品のコーナー全部が空っぽだなんて!!!




今思っても

異常な事態だった。。。。