患者にとっての良い病院 | 闘病日記 by moppu

闘病日記 by moppu

何処にでもいる、つまらない男の生きた歴程。
長い間の御厚情に感謝します。

母ノ9年10ヶ月にわたる入院と自分の現状に鑑みるにつけ、


良い病院とは何かが解ったような気がする。


良い病院の基準として、設備や医師・看護師の数を揚げる人が多い。


確かに近代的な設備で多くの医療機器を持ち、


多数の医療スタッフを抱えている大病院には安心感がある。


逆に設備も古く、スタッフも少ない街の小病院は、


患者が不安を抱く場合がある。



しかし、それは正しいのだろうか。


私は、妻、祖母、父、母と通算で26年間、看護を続けてきた。


妻は都内の一流の大病院、


祖母は痴呆症の関連ではその名を知られた大病院、


父は、市内でも指折りの近代的な病院だった。


それぞれ一流のスタッフがおり、最新の医療技術での治療を受けた。


それに対して母は、古い小病院で医療機器も古く、スタッフも少ない。


しかし結果はどうであっただろうか。



特に、父と母の結果の差には驚くばかりだ。


父は、約1年間の入院で逝ってしまった。


検査に次ぐ検査で、病状の進行度合いはよく解った。


担当医も、大学病院の教授での権威と言われている方であった。


看護師もヘルパーも多数がいた。


風呂も入れてくれリハビリも積極的にやってくれた。


しかし、父の体には多くの褥瘡ができ、見るも無惨な有様だった。


同じ病室にいた他の患者も、大同小異であった。


これに対して、母はの入院先では風呂塔の設備はなく、


法律で決まった最低限のスタッフしかいなかった。


しかし9年10ヶ月に及ぶ入院で、褥瘡ができる事はなかった。


他の長期入院の患者さんについても同様であった。



この差は一体どこから出てきたのだろうか。


それは、病院と医師・看護師の患者に対する対応の差だと思う。


母の病院では、少ない看護師が四六時中病室を回り、


3時間に一回、体の向きを変えていた。


風呂がない変わりに、毎日タオル等で洗浄し、


可能な限りのケアをしてくれていた。



私は、このさが、父と母の結果の差に出たと思っている。


私のブログには、多くの病院関係の方がいらっしゃっている。


その方々が、この記事を読まれてどう思われるかは解らない。


あくまでも、素人の患者の家族そして患者自身としての見解である。


明らかに間違っているのかもしれない。



ただ私は、家族の介護や自分の闘病を通じて、


医療は、設備やスタッフの数ではなく、


それに携わる人々の心だと思っている。


今いるここも、設備は良くないが、


良い人に恵まれた場所だと思っている。