大学で、試験が近づくと、
僕の回りには、
順番を待つ人集(ひとだか)りができます。
僕のニックネームは、
人間レコーダーです。
講義を全部、
記憶しています。
それで、みんな、
ノートを持って、聞きに来るんです。
「人間レコーダーさん、
ここのところを、再生してよ?」
僕は、
教授の講義を再生します。
「あぁ、確かに、そう言ってたわ。
ノートを取っている私が
覚えてないのに、
ノートを取らないあなたが、
覚えているってスゴイよね」
「どうして覚えてないんだよ?」
「覚えてない方が、普通なのよ?
それに、
こんな難しい講義なんて、
右の耳から入って、
左の耳から落ちていくもの」
大学2年生のとき、
フランス語の授業に、
4年生の女性が、出席して来ました。
「どうして2年生の授業に、
出るんですか?」
「あのフランス人の先生の授業が、
受けたいからよ」
20歳の男の子には、
年上の女性って、魅力的です。
それで、
僕らは、つき合うことになったんです。
講義の合間に、時間を合わせて、
よく大学の近くの喫茶店で、
待ち合わせしました。
「今日、フランス語の試験よ。
勉強して来てないでしょ?」
「勉強なんて、したことないよ」
「あなた、
授業だって、聞いてないものね。
窓の外ばっかり見て、
叱られているもの」
僕らは、
いつも、フランス語の授業を、
一緒に受けているんです。
「どうせ、勉強なんか、
して来ないだろうなって、
思ったから、
単語とか、調べておいてあげたのよ。
まだ試験まで、1時間以上あるから、
ここで、しなさいよ」
僕は、拒否します。
でも、
彼女は、お姉さん気を出して、
弟を叱るようです。
「私が教えてあげるから、やりなさい!」
仕方なく、テキストを読みます。
「読んだよ」
彼女が、本気で怒ります。
「私は、
勉強しなさいって、言ったのよ?
そんな、
ちょっと読んで、
できるわけないでしょ?」
でも、
僕は、人間レコーダーなんです。
テキストも、
1読すれば、記憶します。
「だって、
もう覚えたよ?」
「覚えた?
だったら、言ってみなさいよ」
彼女は、
テキストを開いて、持ちます。
僕は、暗唱します。
「え?
勉強して来たの?」
「1回読むと、覚えるんだよ」
ところが、
慌(あわ)てたように、
彼女は、
テキストをバッグに仕舞(しま)うと、
席を立ってしまいます。
「あなた、将来、スゴイ人になるよ。
私、
あなたみたいな人とは、
つき合えない。
もう会わないから」
彼女は、僕を、ずっと、
ダメな男だと、思っていたんです。
それで、
びっくりし過ぎたんです。
呆然としている僕を残して、
彼女は、去ってしまうんです。
ー つづく ー
記憶力が良すぎる発達障害って
いうのもありますよね![]()
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