ぼく、生きてるよ?
大きな海に、
ボートを漕ぎ出して行くと、
溺れそうになったときのことが、
よみがえります。
あのとき、
ビニールのサーフボードの上に、
またがろうとしていたら、
波に飲まれました。
まるで洗濯中の洗濯機の中に、
落ちた蟻です。
でも、不思議と、
僕は、もがきませんでした。
水の中で、ぐるん、ぐるん、なりながら、おもしろがっていました。
それで、助かったのかもしれません。
でも、弟は、きっと、もがいたんです。
怖かったに、違いないです。
ボートの上から、弟を探したんですけど、見つかりません。
もともと、
霊が見えるわけじゃないんです。
きっと、心残りを、ひろいに来たか、
捨てに来たんです。
それでも、僕が海に入ると言うと、
パパが怒りました。
「おまえまで死んでしまったら、
どうするんだ!」
僕は、ずっとパパが、弟の死について、
僕を責めているって、思っていました。
違ったんです。
パパは、パパで、
息子を守ってやれなかった責任に、
苦しんでいたんです。
その夜、
海の近くのホテルに泊まりました。
弟の夢を見ました。
「兄ちゃん! たすけて!」
って声がするので、探すと、
弟は、
もう海の底へと、沈んで行っています。
沈んで行く弟を、追いかけました。
弟は、僕に、しがみついてきます。
しがみつかれると、泳げなくて、
一緒に、沈んで行きます。
「しがみつくなよ!」
「兄ちゃん! たすけて!」
「たすけに来たんだよ!
だから、しがみつくなってば!」
弟は、さらに、しがみついてきます。
このままでは、
僕まで、溺れてしまいます。
でも、弟を助けにきたんです。
それで、弟を抱きしめました。
一緒に、沈みます。
「兄ちゃん! たすけて!」
「だから、助けに来たって
言っているだろ!」
「でも、しずんでるよ!」
「だいじょうぶだよ!
もう死んでいるんだから」
「兄ちゃん、死んじゃったの?」
僕は、弟の幼い顔を覗き込みます。
「おまえ、海で、溺れて、
死んじゃったんだよ。
気づかなかったか?」
「ぼく、死んでないよ」
「やっぱり、気づいてないんだ?」
「ほら、ぼく、生きてるよ?」
僕は、うなずきました。
弟の言っていることの方が、
正しかったからです。
ー つづく ー
霊って、魂(スピリット)のことです![]()
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