5話 この世界って、思いなんです
ここまでのあらすじ
妙(たえ)は、毎晩のように、同じ夢を見る。
埼玉県秩父市の三峯神社に参拝をして、帰りのバスに乗ろうとすると、お金がない夢だった・・・・・・
三峯神社の駐車場の、バス亭で、帰りのバスに乗ろうとすると、お金がないんです。
夢なんですけど、何度、見ても、そのたびに、財布を開いて、びっくりするんです。
「いつ、落としたのかしら?」
探しに、戻ります。
でも、お金は、見つからなくて、日が暮れる頃、三峯神社の広い駐車場まで、彼の方から、バイクで、迎えに来てくれました。
黒いヘルメットを脱ぎながら、彼が、おかしそうに笑っています。
「妙(たえ)さん、また、お金がないんでしょ?」
「・・・ごめんなさい。 また、落としちゃったみたいで・・・
どうして、私って、こんなにお金を落とすのかしら?って、自分でも、不思議なんです」
何度も、落とすことを、不思議がるくせに、夢だとは、気づかないんです。
その方が、不思議です。
「それは、妙(たえ)さんが、お金がないって、思っているからですよ。
思っているでしょ?」
「うち、農家なんですけど、野菜が売れないんで、お金がないんです」
彼は、私の前で、サイドスタンドを立てたバイクに、跨(また)がったままです。
それが、カッコよくて、私は、密(ひそ)かに、うっとりとしています。
日の暮れた、暗い駐車場には、もう、クルマはなくて、彼と、私だけです。
これが、私だけだったら、とても、うっとりなんか、していられません。
「違うんですよ。
野菜が売れないから、お金がないんじゃなくて、お金がないって、思っているから、野菜が売れないんです。
今だって、お金がないって、思っているから、財布の中に、お金がないんです。
お金があるって、思ってみてください。
あるって、思ってから、財布を開けるんです。
ほら、やってみて?」
これが夢だと、気づいていたら、あると思ったら、あるかもしれないんですけど、気づいていないので、あるとは、思えません。
「そんな・・・・・・・・・・、ないものは、ないですよ」
「ないものは、ないって、思っているだけなんですよ。
この世界って、思いなんです」
「たしかに、この世界って、重いですけど・・・・」
彼が、大笑いしています。 まるで、精神病院に、大笑いしながら通っている患者さんに、そっくりです。
「だったら、こう、しましょう。
財布を開けて、お金が出てこなかったら、僕は、もう来ません」
「え?
もう、来てくれないんですか?」
そこで、目が覚めました。
私は、パジャマのまま、あわてて、布団の上で、空(から)の財布で、練習を始めました。
ー つづく ー

