1話 せっかく、これから、いいところだったのに
私の父と母は、喧嘩ばかりしています。
そのせいで、私は、幼い頃から、父と母の喧嘩をとめるために、生まれてきたんだって、思い込んでいました。
そのうえ、そこら中で、誰もが、いつでも、喧嘩しているって、思っていました。
この世界って、喧嘩の世界なんだって、思っていたんです。
だって、TVでニュースを見ても、毎日、どこかで、誰かが、殺されているからです。
殺された人には、私みたいに、喧嘩をとめてくれる人が、いなかったのねって、思っていたんです。
つまり、うちだって、私がいなくなれば、母は、父に殺されるんだって、本気で思っていました。
そんな私が、19歳になる頃です、TVで、霊能力のある女の子が、埼玉県の秩父市にある三峯神社を、紹介していました。 とても御利益(ごりやく)があるとのことでした。
遙拝所(ようはいじょ)というところからの眺めも、TV画面を通してでさえ、素晴らしかったです。
霊能力のある女の子が、あんまり、すごい、すごい、って言うので、そんなにすごいんなら、父と、母を、仲良くできるのかしら?って、思いました。
それで、電車とバスとを乗り継いで、三峯神社に、お願いしに行ったんです。
三峯神社って、すごい山の中にあるんです。
バスで、曲がりくねった峠道(とうげみち)を登ったんですけど、すごいって、このことか?って思ったくらいです。
TVでは、狛犬(こまいぬ)が、オオカミだって、言っていました。 すらりとしたオオカミです。
大きな樹々が、たくさん、あって、山の中に神社があるのか、神社の中に山があるのか、わからないくらいです。
美しい拝殿で、お願いしました。
拝殿の前の、敷石(しきいし)には、龍の姿があって、龍にも、お願いしました。
ところが、家に帰ってきたその夜から、不思議な夢を見るようになったんです。
三峯神社の、広い駐車場には、バスの停留所があるんですけど、帰りのバスに乗ろうとすると、財布の中に、お金がないんです。
落としたのかしら?と、あせって、探すんですけど、見つからなくて、歩いて、山道を帰り始めるんです。
舗装(ほそう)はしてあるんですけど、くねくねしているんで、見通しも悪くて、後ろからクルマが来たら、はねられそうです。
そのうえ、日も暮れてきて、外灯とかないので、真っ暗になりそうです。
私は、泣きながら、歩いていました。
そこへ、バイクが、下りてきました。
私は、はねられないように、道の端によって、バイクを見送ろうとしました。
バイクのヘッドライトが、夕日のようです。
すると、バイクが、私の前で、とまったんです。
バイクに乗っていたのは、私と同じ歳くらいの男の人です。
「・・・・・・なんで、こんなところ、歩いてるんですか?」
なんで?って聞かれても、答えづらかったんで、涙で濡れた目で、ただ見てました。
「このあたりは、真っ暗になるよ?」
だから、泣いていたんです。
「バイクでよかったら、送るけど?」
「お願いします」
そこで、目が覚めました。
せっかく、これから、いいところだったのに・・・って、また、泣きました。
ー つづく ー

