3話 ピンク色のスイートピー

 

 

  電話の音で、起こされた。

 

 

  泉の水が、風に波立ったようにして、目を覚ました。

 

 

  まだ半分、透きとおったままで、電話を取った。

 

 

  電話の向こうは、目を閉じていたときのままの空間のようだ。

 

 

  その空間が、しゃべっている。

 

 

  「あなたのネコを、保護した人から連絡があったんです。

 

 

  その人の住所を言いますから、受け取りに行ってください。

 

 

  いいですか?

 

 

  「・・・・・・・メモします

 

 

  教えてもらった住所へと行ってみた。

 

 

  庭に、ピンク色の、スイートピーの、花びらが、若い娘の、秘められたところのようにして、咲き乱れている。

 

 

  

 

 

  ところが、チャイムを押してみると、出てきたのは、美しい白髪の老婦人だった。

 

 

 「あの・・・・ネコを保護してくださったって、連絡をもらったので、来ました

 

 

  老婦人は、ゆったりとした、紺色の作務衣(さむえ)を着ている。

 

 

 「あぁ、あなたが、飼い主なのね。

 

 

 とても大事に飼ってもらっていたって言っていたわよ。

 

 

 毎日、頭を洗ってあげたり、顔を洗ってあげたり、お化粧もしてあげていたんですってね

 

 

  あの空を飛ぶネコは、私の頭だから、確かに、毎日、髪の毛や、顔を、洗ってやっていた。

 

 

  でも、私が、私の頭を、飼っていたってことには気づかなかった。

 

 

 「保護してくださって、ありがとうございました。

 

 

  連れて帰ります

 

 

 「ちょうど、今、食事を終えたところだから。

 

 

 鳥の唐揚げと、ビールが、好きなのね

 

 

 確かに、鶏の唐揚げと、ビールは、私の大好物だ。

 

 

 でも、ちょっと恥ずかしい。

 

 

 「すみません。

 

 

 ずうずうしく、ビールまでご馳走になって、申し訳ないです

 

 

 「いいのよ。

 

 

  楽しくおしゃべりさせてもらって、お礼を言いたいのは、こっちなんだから。

 

 

 今、連れてくるわね

 

 

 家の中へと戻ってゆく。

 

 

 ところが、そのあと、なかなか、老婦人が戻ってこない。

 

 

 玄関のドアを開けてみる。

 

 

 廊下の奥から、かすかに、シャワーの音がしている。

 

 

 もしかしたら、私の頭を、きれいにしてから、返してくれるつもりなのかもしれない。

 

 

 私は、庭で、待った。

 

 

 ピンク色のスイートピーの花びらたちが、春の光に、羽ばたくと、舞い始めた。

 

 

 どこかへと、飛び去ってゆく。

 

 

 私は、思わず、スカートの上から、あそこを、手で押さえた。

 

 

 もしかしたら、そこも、飼っているだけかもしれないと、思ったからだ。

 

 

 

     ー つづく ー