14話 すべてに、なるんです
交番のガラス戸を開いて、人が入って来た。 若くて、かわいい女性だ。
ところが、目を見張っている。 お巡りさんが、勤務中に、若い女に、手を握られているからだ。
彼は、すぐに立ち上がった。
「何でしょう?」
彼女の方が、「何でしょう?」って聞きたい顔をしている。
彼が、机を離れて、彼女へと向かったから、私は、手を握ったまま、彼のあとをついて行った。
右手を握られていたので、彼は、腕を、身体の前から、回さないといけなかった。
それで、私は、背後から、彼に抱きついている。
きっと、彼女には、イチャついているようにしか見えない。
「・・・・・・落とし物を届けに来たんですけど」
でも、彼女の疑問は、お巡りさんが、どうして勤務中に、イチャついているのか?だったろう。
彼は、職務に忠実であろうと勤めているけど、彼女は、不思議で仕方ない様子だ。
私のことも、不思議そうに、チラチラ見ている。
彼女を送り出したあと、彼は、私に言った。
「これから、一緒に、ランプの店へ行きましょう。 ハンドバッグを拾った場所へも、案内してください」
「ムリですよ。 方向音痴なんです。 わざと間違えているんじゃないか?って思えるほどなんです」
「あなたを手放すんですよ。 そうすれば、ちゃんと着けます」
「手放したら、もっと、どこかへ行っちゃいますよ」
「それが、逆なんです。
私は、登山が趣味なんですけど、道に迷ったときは、自分を手放すんです。
そうすると、ちゃんと道が見つかるんです。
ところが、自分に、しがみつけば、つくほど、道に迷うんです。
焦りと、不安とが、余計に迷わせるんです」
「でも、自分を手放したら、自分が無くなっちゃうでしょ?」
「それが、いいんですよ。
山の中で、自分が無くなると、すべてと、ひとつになれるんです。
自分なんか、要(い)らなかったって、気づくんです」
「私は、要(い)りますよ」
「でも、自分を手放さないと、もっと迷うだけなんです」
「山の中で、自分が無くなっちゃうことの方が、怖いですよ」
「ところが、自分を手放してみると、不思議と、愛されているって、感じられるんです。
この世界は、愛で、できているって、わかるんです。
逆に言えば、自分にしがみついているのは、愛されていないって、思っているからなんです」
確かに、私は、愛されているとは、感じられない。
「私って、愛されているんですか?」
すると、彼は、もう一方の手で、しがみついている私の手を、安心させようとして、包んだ。
「あなたを手放すと、無(む)になると思っているでしょ?
でも、無(む)なんて、どこにも無いんです。
無くなるのは、自分だけですよ。
そして、すべてが、あるんです。
すべてに、なるんですよ。
迷うわけがないじゃないですか」
ー つづく ー





