13話 あなたを手放せば、迷わなくなる

 

 

 

    私は、彼が、手をつないで、喜んでくれていることが、身体が蕩(とろ)けてしまいそうに、幸せだった。

 

    でも、彼は、私と、手をつないでいるとは、思っていないらしかった。 手を引っ込めようとしている。

 

   「・・・次は、この手を放してください」

 

   接着剤でくっついていたと思っていたランプが、手放せた以上、私が、彼の手を握っているのは間違いない。

 

   私から握っていると思うと、ドキドキしてくる。 

 

   彼は、私が、ひとりで興奮している様子を、不思議そうに見ている。

 

   「・・・この手も、私の手じゃないって思うんですよ。 緊張しているだけなんですから」

 

    緊張しているというより、興奮している。 


    彼の手に、私の手を重ねているのが、裸の彼に、裸の私が、重なっているかのようだ。

 

    「・・・・・・この手は、私の手じゃないわ・・・・・・・この手は、・・私の手じゃないの・・・・・・

 

    でも、頭の中で、裸の彼を想像してしまっているから、この手が、私の手じゃなくても、裸の私になってしまっている。

 

     そのせいか、いくら唱えても、手が離れない。

 

    「・・・・・もしかしたら、身体から緊張しているのかもしれないですね。  

 

    でしたら、この身体は、私じゃないって、思ってみてください。 

 

    今度は、あなたの身体を手放すんです」

 

     でも、身体、身体と、言われると、かえって身体を意識してしまう。 


    手を握っているから、なおさらだ。 


    それに、もともと、手って、裸だ。 


    裸の彼を想像してしまっているのは、そのせいかもしれない。

 

    「・・・この身体は、私じゃない・・・・・・この身体は、私じゃない・・・・・・

 

      やはり、どんなに唱えても、手は離れない。

 

    「・・・・・・仕方ないから、このままで・・・運命だと思って・・・

 

    「思えませんよ」

 

    「でも、私、あなたに出会ったとき、運命の鐘の音を聞いたんです

 

    「そんなことを言ったら、そこら中で、男女が、くっついているはずでしょ? 

 

     磁石じゃないんですから、くっついたりしませんよ」

 

      

 

    「くっついたら、いいですよね? 

 

    運命の相手に、迷わなくていいもの。

 

    私、方向音痴で、迷ってばかりで・・・・毎日、大変なんです。 ・・道の話ですけど

 

    「方向音痴なのは、全体を意識していないからですよ。

 

    自分しか見ていないから、迷うんです。

 

    迷うのは、自分に、しがみついているってことなんです」

 

    「私、しがみつくほど、自分のこと、好きじゃないです。 

 

     自分の家に帰るときだって、迷うんです。

 

     こんな自分に、もう、うんざりですよ

 

     彼が、笑った。 家に帰るのに迷うというのが、おかしかったらしい。 結構、笑っている。

 

    「だったら、あなたを手放してみてください。 

 

     あなたは、自分にしがみついていることに、気づいていないんですよ。

 

     あなたを手放せば、迷わなくなりますよ」

 

       ー つづく ー