42話 愛の結晶
黒塗りのクルマに乗せていただいて、到着したのは、工場(こうじょう)でした。
私は、父と母の、小さな木の家しか見たことがなかったので、背の高い大きな建物に、目を見張りました。
案内されたのは、ダイヤモンドを加工する工場でしたが、私は、ただ、ただ、竹四郎との再会にときめいておりました。
「ここに、竹四郎がいるのですか?」
黒服の男の人は、とても親切でした。
「久しぶりに竹四郎さんに会うのですから、会う前に、綺麗にしてあげますよ」
確かに、男の人の言うとおりです。 私は、緑色の苔だらけでした。
「ここにも、川があるのですか?」
私には、綺麗にすると、言われたら、川の水しか、思いつきません。
「ここは、あなたのようなダイヤモンドを、綺麗にする専門の会社なのです。 ここなら、とても綺麗にしてくれますよ」
「どうして、そんなに親切してくださるのですか?」
サングラスを掛けた男の人は、涎(よだれ)でも垂らしそうにして笑っています。
「あなたには、とても価値があるからですよ」
「父と母から、いただいた心のことですか?」
「もっと価値があるものだよ」
「心よりも、価値のあるものはありませんよ?」
「だったら、身体の方は、私たちが、もらってもいいかい?」
「心が、姿を創るのですよ。 身体は、姿になった心なのです。 身体も、心なのです」
サングラスをかけた男の人に案内された工場には、似たような雰囲気の男の人たちが数人いて、白い作業服を着た真面目そうな男の人も1人いました。
白い作業服を着た男の人は、怯(おび)えています。
一番偉そうにしている男の人から、小声で聞かれています。 聞かれているというより、脅されているかのようです。
「どうだ? 細かくできそうか?」
白い作業服を着た男の人が、恐る、恐る、私を調べます。 きっと、ダイヤモンドの女の子を調べるのは、初めてなのでしょう。
「・・・・・結晶方向で割れば、できるはずですが・・・・・・ここまで完璧な結晶は見たことがないです・・・・・よほど良い条件で結晶したのでしょう」
私は、喜びました。 父と母のことを言われたと思ったのです。
「父と母は、私を、とても愛してくださいました。 それで、私は、愛の結晶なのです」
一番偉そうにしている男の人が、指示をして、3人の男の人たちが、私を引っ張って行きます。
「川まで行くのですか?」
「いいから、来い!」
「でも、川なんかありませんよ?」
見回しても、大きな機械があるばかりで、どこにも川など流れていません。 第一、流れの音などしないのです。
「私、川へ行って、自分で苔を落としてきます。 洗ってきますから」
私は、山へと帰ろうとしました。 川で、苔や汚れを洗い落として来ようとしたのです。 久しぶりに竹四郎に会うというのに、苔だらけで来てしまったからです。
ところが、男の人たちは、力尽くで、私を、大きな機械の方へと引き摺って行きます。
私は、男の人たちを振り払いました。
「自分で、ちゃんと洗って来ますから」
そんなに力を入れたわけではなかったのですが、振り払われた男の人たちは、1人は宙を舞って、窓ガラスを突き破ってしまいました。 ガラスの割れる大きな音が、深夜の街に響きました。
私は、背も伸びて、身体も大きくなっていたので、力も増したようなのです。
「ごめんなさい。 だいじょうぶですか?」
私が、窓ガラスを突き破った男の人を心配して、駆け寄ろうとすると、私の背後で、鉄の棒をつかんだ男の人が、私の後頭部を殴りました。
ところが、殴った反動で、鉄の棒が跳ねて、運悪く、男の人の顔面を直撃しました。
私が振り返ったときには、鼻の骨が折れたらしくて、おびただしい血を流していました。
そこへ、さらに男の人たちが、2人がかりで、私を押さえに来ました。
男の人たちが血相を変えているので、つい私も力が入ってしまいました。 すると、腕をへし折ってしまい、もう1人は、たまたま私の頭が当たったらしくて、歯が何本も折れました。
サングラスを掛けたあの親切な男の人が、上着の胸から、拳銃を取り出すと、私を撃ちました。
私の胸に命中すると、緑色の苔が飛び散りました。
「あぁ・・・・川へ行かなくても、こうやって苔を落とすのですか?」
サングラスの男の人は、何発も撃ちました。 その度に、緑色の苔が飛び散りました。
拳銃の大きな発砲音(はっぽうおん)に、警察が駆けつけました。 もっとも、窓ガラスが割れた時点で、近所の人が通報したのかもしれません。
一番偉そうにしていた男の人も、逃げる暇がなく、全員が逮捕となりました。
それが、またニュースになったのです。
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