実は、神奈川に住んでいる娘夫婦が、私の家の近くに住むことを考えているらしい。

 

ここはかなり古い団地なのだが、Oさんの家の話を聞いたとき、

娘夫婦のために,ひと部屋買っておいてもいいかもしれないと思ったのである。

 

なにしろ安いのである。

バブル直前に3300万円で購入した我が家は,今やなんと400万円である

30年がかりでやっと完済したのに,2900万円はどこに消えたんだ?

…という議論はさておき

 

チラシによると、ちょうどオープンハウスをやっているというので、ちょっと見に行くことにした。

 

ところがOさんの家に行っても,鍵が閉まっている。

人の気配がないのだ。

これではクローズドハウスである。

 

チラシをもう一度見ると、部屋の番号が違っている!

Oさんの家ではない。隣の階段である!

 

それでも,いちおう状態を見てこようと,隣の階段を昇る。

ところが,窓は開いているのに玄関のドアが閉まっている。

呼鈴にも反応がない。

…売る気があるのか?

 

仕方なく帰ってくると、階段の下でばったりとFさんに出会った。

「久しぶり!お元気でしたか?」

「そういえば、Oさん、亡くなったんだってねぇ。」

 

最近はどうなの?と聞くと、Fさんは、

「このところすごく優しくしてくださるのよ。いろいろ食べ物とかもくれるし」

「えっ?あの息子が?」

「何言ってるのよぉ!お父さんの方よ!」

 

「お父さん…亡くなったんじゃないの?」

「違うわよ!亡くなったのは息子の方よ」

 

「どうして?…まだ40歳そこそこなのに?」

 

「これよ」と言うと、Fさんは首を絞める仕草をする。

 

……Oさんの息子は,自殺したのであった。

 

亡くなる数日前に、Fさんは階段でOさんの息子に出くわしたそうな。

そのときに、

「ご心配なく。まもなくいなくなりますから。」

と,Fさんにつぶやいたそうだ。

 

自分が何の役にも立たず,ただ周囲に迷惑をかけるだけの存在であることを

本人は痛いほどわかっていたのだ。

 

私がスーパーで見たのは,Oさんの亡霊ではなかったのだ。

このことには正直ほっと安堵したにはしたのだが,

 

それにしても,いつの間に…?

同じ階段にそんな事件があっても、何も知らずに生活している。

団地住まいというものの恐ろしさを、改めて感じる一件であった。

 

自殺があった部屋のすぐ下で、平然と暮らしているFさんの存在も

…すこし怖くなったのである。