自分の指導教官ではなくて、自分が研究室配属になった時の助手だった先生について述べようと思う。

 

その助手の先生は、計算機に造形が深くて、富士通で人工衛星の制御プログラムを作っていた人だった。当然、アンチWindows派で、研究室はWindowsPCが一台も無かった。その代わり、UNIXが主流で、自分は随分と恵まれた環境に入れたと思う。当時のWindowsは3.1だったから、それはまともな人なら使う気にならないだろう。

 

そういう経験があったから、自分は今でもLinuxメインで全ての仕事をしているし、マイクロソフト社のきまぐれに振り回されることも最低限で済んでいる。

 

ただ、その恩師は、パワハラ気質があって、自分は標的にされなかったが、自分が博士課程の時に標的にされた修士の学生が居て、とにかく気の毒だった。その学生に特に大きな欠点があったようには自分には思えず、真面目だったのにひたすらパワハラされていた。

 

自分にパワハラしてきた校長が、その恩師の仲の良い友人であり、自分の持論であるパワハラ気質の人間同士は惹かれ合うという事を立証した案件でもある。

 

また、その恩師が助手に採用された理由って、自分の指導教官がプログラミング能力が乏しく、数値解析理論の原理は容易に理解できるのに、それを実現する人が居ないという事が大きかった気が今ではしている。実際、研究室のOBからも、もっと優秀な人がいっぱい居るのに何故?って声を聞いたこともある。

 

年月というのは残酷なもので、その恩師は無事に教授になって、もう定年で退官されたが、インパクトのある学術研究が全然ない。やっぱり新しい研究を思いつく能力と、実務能力は異なるので、その壁を超えられなかったんだろう。

 

色々と想うところ、考えるところはあるが、自分にとっては、計算機の正しい方向性を教えてくれた恩師だったから、今でも感謝している。その方向性があったから、計算機に関してはかなり正しい道でずっと努力できた自分が居る。