企業献金禁止・政党助成法廃止を | シイタケのブログ

企業献金禁止・政党助成法廃止を

 福田総理大臣が辞任して、次の自民党総裁は麻生太郎氏が選ばれる流れのようである。麻生太郎氏は一風変わったキャラクターで人気があるということなので、自民党としては衆議院の解散総選挙を乗り切れるという見通しなのかもしれない。しかしなぜ麻生氏に人気があるのか。麻生氏を支持「すべき」人は、麻生グループの幹部、株や不動産で稼いでいる富裕層、経団連加盟の企業経営者だけであるべきである。なぜなら麻生氏を含む自民党は企業献金を活動資金源とし、したがって当然、大企業の利益を考えて政治をするからである。また、自民党幹部は富裕層が占めており、自らに優しい政治をするからである。日本の大多数の庶民は、とりわけ貧困層は、自分の生活を向上したいと思うならば、麻生氏を支持してはならない。麻生氏を支持しても自らに何の利益もないのであるから、これは単純明快な論理である。言葉は悪いが、貧乏人が自民党を支持するのは自殺行為である。自分で自分の首を絞めているのである。

 移民労働者を敵対視する日本の貧困層は、自民党幹部の誰かが中国や朝鮮に対し挑発的言動をすることを支持することがある。芽生えつつあるナショナリズムを煽る行為である。しかしこのような政治家の行為にだまされてはならない。貧困層の政治に対する批判の目をかわすために、他国民を貶める言動をするのは政治化の常套手段である。そもそも自民党を支持する経団連は移民労働者の受け入れをすすめているのであるから、いずれ自民党内で現実的な政治課題に上ることであろう。

 そういうわけで大多数の庶民、とりわけ貧困層は、「自らの利益を代表する党や政治家」を支持しなければならない。すなわち共産党、社民党、そして旧自民党系議員を除く民主党を支持するのが、真っ当な感覚のはずである。そうすると、票数からすれば、先に掲げた富裕層や大企業の経営者は圧倒的少数なので、自民党政権(自公政権)はすぐに倒れるということになる。しかしこのような単純な論理通りにならないことがもどかしい。そこで私が主張したいのが、企業献金の廃止である。

 最高裁はかつて判決で企業献金を合法としたが(八幡製鉄政治献金事件)、私は違法だと考える。企業献金は汚れた金であるという意識が政治家にあるからこそ、政治資金規正法があるのだ。言い古されたことだが、企業献金が献金した企業に見返りを求めるものであれば、それは賄賂であり犯罪である。逆に見返りを求めないものであれば、献金を決めた経営者は会社の財産を無駄にしたのであるから、株主に対する背任行為をしたということになる。そう考えるとやはり、企業献金は明らかに見返りを求めているのである。個人献金と異なり、企業献金は額も莫大だ。献金を受けた政党・政治家は企業の求める政策方針に従うことになる。また、資金があれば大々的な政治活動・選挙運動も可能であり、あらゆるメディアを使って国民をだまして票を集めやすくなる。買収工作も可能になる。そうやってどんどん、本来民意を反映すべきはずの国会の構成がゆがめられていく。すなわち企業献金は、民主主義プロセスを壊すことになるのである。政治献金ができるほど生活に余裕のない国民(労働者)が数としては圧倒的多数なのに、なぜ少数派の企業の利益のための政治が行われているかというと、それは企業献金が自民党を支えているからである(小選挙区制にも問題があるが)。民主主義を破壊する企業献金を、直ちに廃止すべきだ。

 リクルート事件など政治腐敗を端緒として、十数年前に政党助成法が成立した。これは政治腐敗について反省したふりをして、国民から徴収した税金を党の政治活動に使おうという悪法である(総額300億円超)。助成額は議席数も算定基準となるので、今の国会議員の構成が民意を反映していないとすれば、ますます悪法の度合いは強まる。現行の衆議院の小選挙区制は原則として小分けにした選挙区から1人を選ぶという制度であるから、得票2位の候補者に対する票は死票になるが、助成額が議席数によっても左右されるということであれば、さらに悪法の度合いが強まるといえよう。国民は政党助成法によって、支持してもいない政党に間接的に献金させられているのだ(憲法違反!)。このような状況では政党は国民のほうを向かない。現に政党助成金を受けたいために議員の数合わせの行為などが横行しているではないか。

 政治活動は、個人献金と国会議員への歳費、そして党員からのカンパによって支えられるべきである。選挙に金がかかるというが、この範囲でできる選挙運動にとどめるのが健全である。この点、日本共産党は政党助成金を拒否しており、あるべき姿の政党といえよう。政党助成法は政治腐敗を反省し、企業献金を廃止する代わりとして成立した法律だが、依然として企業献金は続いており、これでは二重取り、二重に民主主義が歪められていることになる。企業献金を禁止し、さらに政党交付金制度(政党助成法)を廃止すべきだ。

 なお、国会議員への歳費も政党交付金と同じく税金ではないか、と指摘する意見があるかもしれない。しかし歳費を受けることは憲法で定められていることであり、法律とは意味合いが異なる。また歳費は議員個人が受け取るものであり、この点でも政党助成とは異なる。歳出削減のため歳費を減らせという声もあるかもしれないが、それは民主主義を理解していない愚かな意見だ。国会議員への歳費を十分に確保しなければ、富裕層(資産家)しか政治家になれなくなってしまう。

 余談だが、突然辞任した福田首相に対し、世間では(「識者」によれば)「指導力がない」「無責任」「政権担当能力がない」「スキルがない」「アピールがない」などといった意見が多く聞かれるが、そのような批判は、自民党のこれまでの政策を直視せず、雰囲気で抽象的に語っている点で誤っていると思う。そのような抽象的な批判をするのなら、アピール力抜群だった小泉政権の行った政策をほめたたえるつもりであろうか? もちろん政治家はアピール力などを持ち合わせる必要があるが、それだけではない。今回福田首相を辞任にまで追い込んだのは、小泉、安倍、福田と続いた大企業重視、庶民軽視の政策に対し、いつまでも暮らしが楽にならない国民の怒りである。国民への悪政を総理大臣のキャラクターで隠してしまってはいけない。「キャラクター」について語るのではなく、これまでの自民党の政策を見すえた上で、今回の辞任劇を語ってほしいものだ。

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