単純ではないのですね
とりあえず今日の絵日記でもご覧ください。
『ミャンマーを民主化に導くヒロイン』という取り上げ方を
されています。
考えてみればニュース等で彼女の批判らしい批判を
聞いた覚えがありません。
それは彼女が人格者だからなんだと単純に思っていました。
『民主化』という響きに何だか良いイメージばかりを
持っていたのも原因でしょう。
でも以下のようなニュースを見てちょっと考えました
国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が
スー・チーさんに対して人権に対して消極的だと言ったそうで
報告書によれば
ミャンマー国内にいるイスラム教徒の少数民族ロヒンギャが
多数派の仏教徒によって「深刻で暴力的な迫害」を
受けているにもかかわらず、スー・チー氏が率いる野党NLDは、
この問題に口を閉ざしていると指摘した
あれっ?と思いました。
軟禁されてまで民主化を訴えて、やっとの事で野党ではありますが
政治活動を開始した人です。ノーベル平和賞までもらった人です
そんな人が何で国内のそういった問題に
目をつぶるのだろう…?
そして、恥ずかしい話ですが
『「民主政権」が人道的で民主主義国家になれば良い国になる
というステレオタイプのイメージをどこかで信じている自分がいました。
今の民主化というのは欧米化とイコールであるという指摘があります。
その面で見たら、ミャンマーの民主化とはミャンマーの欧米化と
同義であり『キリスト教文的な化圏』に取り込まれる
という事になるといえます。
民主主義の良い国というのは欧米にから見ての
良い国であるということであるといえます。
そうなるとそれと対立する『イスラム教徒の弾圧』に対するアクションが
消極的になってくるのは仕方のないことなんでしょうか?
ところで色々見ているとノーベル平和賞っていうのは
非常に「政治利用目的」の色合いが強いそうです。
そうなると、スーチーさんが受賞したのは欧米に
都合がよかったからという側面もあるのでしょうか…。
う~ん、ややこしいなぁ…
もっと世の中シンプルになってくれれば良いのに。
