スマフォに「ら」と打ち込むと、変換候補の先頭に「ランジェリー」と出てくる今日この頃いかがお過ごしでしょうか。

年に、2,3回のブログ更新のお時間です。


今日は、念願の開催だった、football groove!の報告を、防備録を兼ねて書き連ねます。

お題は「キック」。
サッカーのキック!
それだけで、1日半を語り明かそうという、馬鹿じゃなきゃ出来ない所業。

内容は、
「キックの動作解析」村上先生
「PKの心理」江原先生
「キックのトレーニング」大曽根先生

集まりました、総勢30人強。

せっかくの3連休だっちゅうのにね。



最初は、村上先生による、「キックの動作解析」。

ご自身の研究を元に、ディープに解説してもらいました。

で、村上先生が、理想に近いキックの名手として上げていたのが、

デイビット・ベッカム選手!

全身の連鎖が素晴らしいとのこと。
止まっているボールを蹴るフォームが素晴らしいのはもちろんですが、動いているボールでもボールが止まっている時と同じようなフォームで蹴ることができるというのが、なによりも超一流の証。
たゆまぬ努力の結晶であるのは間違いないのですが、そこに至る心理的な要因もあるのでしょう。それは、「PKの心理」の枠でも江原先生が解説されてました。
試合と同じような心理状態、環境条件の中で練習するということ。


もうひとり、取り上げていただいたのが

クリスチャーノ・ロナウド選手。

よりストレートなキックフォーム。
これは、天性のバネもあるでしょうが、鍛錬の賜物であり、日本人で真似できる人は限られているんじゃないかなと。


キックにおけるキーワードは、
クロスモーション
などなど

研究と実践場をつなげることのできる日本でも有数のセラピストの神髄をみさせてもらいました。

感謝。


2日目の午前は、江原先生による「PKの心理」

神PK戦として名高い、2004アジアカップ VSヨルダン戦を話のとっかかりに
様々な心理要因を解説していただきました。

しかし、今見返しても、ヨルダン戦は神の領域です。
GK川口選手の表情の変化が興味深く、目の前のことに集中していく様子が、守護神降臨!てな感じで震えます。

キックのシーンで、よくプレッシャーを感じるとか、不安が頭をよぎるとかありますが、そのような心理状況に陥るのは人間であれば当たり前。
心理状況は状況として、目の前の行動に集中できるかどうかが問題なのです。

心身は、分けられるものではありませんが、都合よく心身二元論的な考え方になるのも一つの方法。

また、サッカーという予測不可能なスポーツにおいて、いつでも落ち着いていられるためには、想像力を働かせ、実践の場面を強く思い描きながら練習をすること。
また、想定外の場面を想像すること。

ACミランで、10番をつけてプレーする想像をしていたから、そこでもプレーできるのです。

で、最終結論として、
心理を鍛える、変えるのは、普段の行動を変えるしかないとのこと。
日常生活から、判断の質を養っていくこと。
そして想像力。


昼は、カレーを食べながらの懇談会。


午後は、そのカレーを吐くほどの「キックトレーニング」を大曽根先生に解説してもらいました。

村上先生の解析を基に、実践に役立つトレーニングを、単純な動きから複雑な動きへと、積み上げていきます。

実践ではできていても、条件を変えたり、難易度を下げたりすると途端にその動きができなくなることがあります。
それは、基本的な能力を代償的に補っている証拠。
レベルを上げたからいいトレーニングとは限りません。
できるからいいわけではないのです。

また、基本を踏まえて、自分でトレーニングを作り上げていくアイデアも重要。
セラピストと選手が対等に一体となって作り上げていける環境が大切です。

しかしまあ、選手が数多く参加してくれたおかげで、セラピストと1対1でトレーニングできるという、稀な勉強会になりました。

またこのような機会を設けたいと思います。

いや、本当に楽しかった。
楽しすぎて泣けてくるほどでした。

ではまた。



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講師雑感

テーマ:
W杯の刺激で、妄想暴走と朝の5時起きが止まらない今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

月一開催半年コースの運動連鎖道場が終了し寂しい気分でいっぱいのゴリです。

参加してくださったみなさん、本当にありがとうございました。

講師という立場になって感じたことを忘備録として羅列しときます。

・なんちゃら連鎖とか、なんちゃらポイントとか、なんちゃらアプローチとか、百花繚乱のこのご時世。学習の機会が多々ある中で、どうすればいいの?とか、どれを勉強すればいいの?と陥りがちです。自分も陥ってます。

そんな中で大切になるのは、具体的な方法論をいちいち覚えることではなく、学びの土台となる身体状況を作っていくことだと思ってます。

その身体状況とは、予断を持たず、もう始まってしまっている学びの激流の中に身を委ねるということ。
渇いた地面がみるみる水を吸い込むとか、スポンジに吸い込まれていくとか表現はいろいろありますが、無垢な状態で体を差し出すことができる能力を涵養することが大事と体感しています。

・人間を相手にする仕事である以上、成長は、一人ではできないと思います。
まあ単純に、人に触るのがうまくなるためには人に触らなければならないということ。

・あれはダメ、こっちは良いという、二項対立を示して、教える、教わるというのは、実は一番楽であると。
正解らしきものを教えてもらって、成長したぜ自分と思っているなら、それは甚だ勘違い。
もっと長いスパンでみないとやってられません。
いちいち満足はするんだけど、それで達成ということはなく、終わりなき道に入ってしまったという自覚が必要だなと。

・努力は必ずしも報われないけど、修行は裏切らない。のかな。

・運動連鎖って、動きの癖だと思ってます。だから人の数だけ連鎖がある。そこに法則性を見つける人もいれば、もっと根本的なところから広げて行く人もいる。
原理原則ってのは、それを見つけていきたいなっていう希望的観測も込めてのこと。
答えが一つだけだったら、世の中の運動器系疾患は、そのほとんどが解決されているはず。全てが道半ばなのである。

・知識の多少で人の能力を判断してしまいがちだけど、小さな水滴が岩を穿つこともあるように、少なくても知っていることを実践していくことで、開く扉もある。

・うまくなるのは、そのつもりでやる人。やるときゃ100%の確信でやる。疑うときゃ100%疑う。

・矛盾を解消しようとしない。また、それをうまく説明しようとしない。ありのままをまずは認める。
そして、敢えて無視する勇気を持つ。
幾つもあるシステムの一つにアプローチしてんだぞという、大局観を後ろに持っておこう。

・骨盤の影響っつったって、それはそうだけども、まずは患部をみよう。
足部とか顎とか言いたくなるけど、離れたところから治すのはかっこいいかもしれないけどね。

・経験に裏打ちされたアートの世界を科学的に証明していかないといけない。それはそういうもんだというのは、宗教に近くなる。
いや、自戒自戒。

本当にありがとうございました。

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急性痛なんだけど、

テーマ:
月曜日から呑みに行っちゃあいかんな!ということを実感する今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

先日、
痛めたなと感じて、それを我慢してやっていたらもっと痛くなりました、
という方がいました。

自分の身体の状態も感じられないのは、アスリートレベルとしては低いな!
まあ、怪我の状態も極軽度だし今度からは気をつけろよ!

なんて済ますこともできるのですが、
生物・心理・社会的視点から見てみると、慢性化の要素がそこかしこに散りばめられてるなと、はたと気づきました。

生物
脊柱不安定兆候あり。
大腿部での過剰代償。
呼吸不全兆候あり。
パワーはある、長続きしない。

心理:
真面目、もくもくとやる。
考えてから動く。
慎重派、不安が先に立つ傾向あり。

社会:
上と下のレベルの狭間にいる。
ライバルが多い。
指導者の目が届きにくい。


こうしてみると、怪我をする要因てのに、
置かれた状況と身体や心との不一致がありそうな気がします。

特に、
休むことも練習の一部である、という価値観を理解させ納得させることが、慢性化を防ぐ第一歩ではないかと感じています。

幸せなアスリート人生を送るためにも、全人間的に、長い目で捉えることが、セラピストにも、クライアントにも必要だと思います。


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諦めてもらうこと

テーマ:
4時間の新幹線、その影響が3日後に感じられる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?


歳をとることや以前できたことができなくなることを、衰え、と捉えることに強い違和感を持っているので、

衰えじゃないやい!

ということでよろしくお願いします。



身体は日々変化しており、身体に根ざしたその度量衡も日々変化しています。昨日の物差しが今日も使えるとは限らないのです。

それを受け入れられない人が多くいるのも事実。



さてさて

以前から気になっていたのですが、
スポーツ選手に対するアプローチ、

よく、
スポーツ選手は科学的であろうがなかろうがそんなことはどうでもよく、パフォーマンスが上がることのみ望んでいる、という言説を見聞します。

ここに感じるちょっとした違和感。

確かに、そうなんでしょう、明日、明後日のパフォーマンスに生活がかかっているアスリートならば。


僕は、医療従事者です。
人生がその後も長く永く続くことを知っています。


スポーツの素晴らしさを強烈に感じると同時に、たかがスポーツ、命や人生をかけるほどのもんでもねーだろ、とも思っています。

4年に1度しかない大会の一人しかなれない1等賞に、全てをかけるなんてバカバカしいと思います。
そういう馬鹿は嫌いじゃないですけど。


望んでいるんだ!

だからいいんだ!

という屈託のない断言に、恐ろしさを覚えます。


結果を出すといいますが、明日得られる結果が、死ぬ間際の後悔に繋がることもあるでしょう。

ただの自己満足に終わり、周りの人の不幸を呼びおこすこともあるでしょう。


痛みの、生物・心理・社会モデルや、リハビリテーションにおけるICFの理念を鑑みるにつけ、人間というものの自己完結しない広がりを感じる毎日です。


僕は、医療者には、葛藤がなければならないと感じています。
その葛藤こそが、狂気を孕んだ前進への駆動力になると思うからです。

その感じに、深い理論や背景はありません。

なので、断言の裏側にある迷いや葛藤のなさに、停滞、を感じてしまうのかもしれません。

うまく言えませんのでここまで。

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Pain Nofear! 広島編

テーマ:
ムスメに「あ、ってなんでしょう?」というクイズを出されて答えに詰まると、「とうちゃんおバカ」って言われてちょっと落ち込む今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

土日は、Pain Nofearの特別編。
広島で、慢性痛の勉強会講師を務めてきました。

ちなみに、上のムスメクイズは、どんな答えでも、「ブーッ、バーーーツ!」と言われます。
世の不条理を体感する瞬間です。


講師役とはいえ、実際に学術面、理論面を担当するのはsomaticロペスさんでして、私は、司会進行と自分がわからないところを質問して、話しを広げ噛み砕く係り。
要は、ボケとツッコミのようなものでして、雑談をしながら進めていくという形をとりました。

一番得するのは、僕でして、かぶりつきで講義を聞けるは、質問できるは、お好み焼きはうまいは、で、プレッシャーもなく、伸び伸びとウロウロしていました。

イヤー楽しかった!
広島いいね!

こんな学術的成果も何も無い、まったく無名の僕なんかを呼んでいただき本当にありがとうございました。
アンダーグラウンドPTなので、表に出ると眩しすぎます。
なので、またしばらく潜ります。


慢性痛へのアプローチは、生物・心理・社会モデルへと変遷しつつあります。
そして、そのアプローチの中心に、運動療法を基盤としたリハビリテーションが位置付けられています。

生物・心理・社会モデルは、その人を全人間的に理解していくという枠組みであり、ICFの理念そのものといってもよいものです。

痛みを理解するためには、機能面はもちろんですが、心理面、社会面などにも目を向けなければなりません。

痛がり方は、生き方そのものです。

そして、慢性期だけでなく、急性期の段階からも心理面、社会面が関与していると言われています。

痛み、そのものが、コミュニケーションであり、言語であり、情動であり、感情であり、自分そのものなのです。

真面目か、おれ。

えー、学術面はロペスさんに任せておいて、僕はひたすら臨床に生きていきます。

地下鉄PTは呼ばれればどこにでも行くぜ!

Nofear!





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