巷説 天保水滸伝 - 山口瞳著 | 刺青|賽のじ雑記
2010-08-14

巷説 天保水滸伝 - 山口瞳著

テーマ:本棚
刺青|賽のじ雑記

「利根の川風袂に入れて、月に掉さす高瀬舟♪」
正岡容の創作によるマクラで始まる
浪曲師二代目玉川勝太郎の名調子
(正岡容は「小説圓朝」の作者でもありますね)

「天保水滸伝」は天保15年(1844年)の八月
飯岡の助五郎が笹川の繁蔵の召し取りを失敗した
所謂笹川事件を発端とする一連の顛末を
宝井錦凌がまとめた江戸の講釈です

発表されたのは、繁蔵が謀殺された後
笹川一家をまとめた勢力富五郎が
金比羅山に追い詰められ自決した
翌年の嘉永3年(1850年)の事でした

安政元年(1854年)には
「天保水滸勢力伝」が鈴亭谷蛾によって
文久2年(1862年)には
「近世水滸伝」が歌川豊国によって製作され
慶応3年(1867年)に
河竹黙阿弥作の歌舞伎で「群清滝贔屓勢力」が
江戸三座のひとつ守田座で上演されました

明治、大正期には演劇や映画化もされ
昭和に入ると冒頭に挙げた浪曲の流行もあり
爆発的な人気を博しました

この物語の重要な登場人物である笹川の繁蔵は
今から丁度200年前の文化7年に産まれたとされ
38歳で飯岡に謀られて闇討ちにされたのが
1847年の今日8月14日(弘化4年7月4日)と
伝えられています

町奴の頭領幡随院長兵衛を祖に
江戸の世に発生した「侠客」たちは
この時代に最盛期を迎えており
この物語の「笹川の花会」の場面の
登場人物は国定忠治、清水の次郎長
大前田の英五郎など錚々たる顔ぶれですね

始祖長兵衛から「天保水滸伝」までが約200年
それから現代までがまた約200年
世の中の価値観や人々の人生観の移り変わりの
あまりの変転ぶりに驚かされると同時に
世間の常識のアテにならない事を
痛切に感じさせられます

ちなみに勝新太郎さんや北野武さんの演じた
「座等市」もこの「天保水滸伝」から
派生した作品なんですよ


なんだか長ったらしくなっちゃいましたが
そんな往時の「侠客」の姿に触れたかったら
読んでみてくださいね

あ、冒頭の画像は↓こちら↓の原色浮世絵刺青版画よりお借りしました


彫り物(刺青)のある錦絵を集めた
僕らの稼業なら誰でも一冊は持ってる
基本中の基本の書ですね

江戸時代の刺青の流行に関しても
解説されてます


刺青|賽天 - www.psyten.com

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