がん患者さんの「受容の過程」についてはキュブラー・ロスの有名な研究があります。(『死ぬ瞬間』(On Death and Dying1969,邦訳は読売新聞社1971)「否認」・「怒り」・「取り引き」・「抑うつ」を経て「受容」に至るというものです。「否認」は現実から目を背けることですが、誰もが日常生活の中で普通に行っているものです。「怒り」は「なぜ自分ががんにならなければいけないんだ!」という怒りです。ほとんどすべてのがん患者さんがこのように思っています。「取り引き」はわかりにくいですね。多分に宗教的な背景と関係していると思うのですが,「神様,助けて下さい。がんを治していただけたら何でもします」という患者心理のことです。私たちも,病気とは関係なく,時々はこのようにお願いすることもありますね。そして,もはやこのような「取り引き」も現実的ではないことを知り,「抑うつ」に至っていく。

けれども,このように「段階的に」人の心が進んでいくと考えるより,【図】のように,「波線モデル」で考えるほうが臨床的には有益だと思っています。すなわち,がんと告知されて,上の方向、つまり「受容」の方向に振れたとしても,夜になれば,「夢であったらいいな」と「否認」する方向に振れる。しかし,翌週に検査の説明があると「やはり,自分はがんだったのか」と「受容」の方向に動くけれども,やはり夜になると「誤診だったかもしれない,セカンドオピニオンを求めようか」と「否認」する方向に戻る。このように,がん患者さんの心は,「受容」と「否認」の間を行ったり来たりしながら,マクロ的に見ると時間の経過と共に,「受容」する方向に向かっていくのですが,ミクロ的に見ると,一旦「受容」したように見えても、すぐに「否認」の方向に後戻りすることもあると考えたほうがよいことになります。 

このように考えると,前日は「受容」しているかのように落ち着いて,あるいは積極的なことを話していた患者さんが,翌日になると「治療はしない」と駄々をこねたり,がんであることをわかっていないかのような振る舞いをしたとしても,何ら不自然なことではないことになります。つまり,1日単位,あるいは時間単位で患者さんの言動や態度が変わったとしても,なんら驚くことではないことになるのです。

この「波線モデル」を使うと,すでにお話しした適応障害の意味(適応に到達していない状態)や,とうつ病の違いがわかりやすくなるでしょう。図には,それぞれの発生頻度も示しました。