MJに関する「インタビュー」や「ドキュメンタリー」、「ホームムービー」には、

MJに対して権力を行使できる何者かによる台本があるということが判明しています。

 

目的の一つは、子どもに対する性的虐待容疑を含む、

その権力者による全ての犯行計画を首尾よく遂行するためでした。

 

ということから、その犯行計画には、2009年に遂行された「MJ麻酔薬死亡事件」

が含まれていたに違いありません。

 

「MJ麻酔薬死亡事件」が組織的犯行であったことについてはすでに検証済みです。

 

 ◇マイケル・ジャクソン麻酔薬死亡事件の検証

  

ですから、シナリオ通りの「インタビュー」や「ドキュメンタリー」、

「ホームムービー」などを含むメディアを通して広く宣伝されてきた

MJとの交友関係にある者たち」とは、

 

実際には、「犯行の首謀者との密接な交友関係にある者たち」を意味していた

と結論することができます。

 

MJ自身が命懸けで制作した作品で語っていた通りであり、

 

彼は、犯行の首謀者が、ビジネスとして契約した者たち(客)の相手をしなければ

ならない立場にあり、いわば「娼婦」として強制奴隷労働を課された状態にあったのです。

 

93年制作のMJによる超自伝的フィルム「WHO IS IT」シリーズ

 

  

 ですから、「リービング・ネバーランド」の告発者たちとMJとの関係は、

台本がある撮影で指示された演技をした間柄に過ぎず、

 

告発者たちは、実際には、犯行の首謀者と密接な交友を持つ者たちであり、

「リービング・ネバーランド」という新たな台本で役を与えられた者たちである、

ということになります。

 

 

今日の検証では、先回までの検証に引き続き、

「ギャビン・アルビーゾは癌患者ではなかった」と言える更なる根拠を

確認しておきたいと思います。

 

これにより、一連の犯行の首謀者の正体や、邪悪な犯罪組織のネットワークの

構図や巧妙な手口を理解することが出来るからです。

 

「紫文字の文章」はブログ管理人による解説です。

 

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◇検証:「ギャビン・アルビーゾは癌患者ではなかった」と言える更なる根拠

 

 

検察側の証人として召喚されたコメディアンのジョージ・ロペスによる証言

の内容から分析します。

 

ジョージ・ロペスとは、アルビーゾ家がMJと接触するきっかけを作った

一人とされている人物です。

 

因みに、”MJの友人”クリス・タッカーは、ロペスと同様、サンセット・ストリップ

にあるコメディ・クラブ、ラフ・ファクトリーでアルビーゾ家と出会ったと証言しました。

 

http://michaels-page.seesaa.net/article/151807020.html

 

 

ラフ・ファクトリーのオーナーであるジェイミー・マサダは、

ギャビンとMJを出合わせた人物として、

 

バシールのドキュメンタリー「LwMJ」に反論するために制作され、

FOXテレビで公開された”インタビュー形式のドキュメンタリー”である

「Take Two」に出演している人物です。

 

「Take Two」の製作にはMJは関与しておらず、出演しているのはMJの両親と兄、

2番目の妻のデビー・ロウ、MJの専属ヘアメイクと専属カメラマン、

そしてジェイミー・マサダでした。

 

ジャクソン家による”ドキュメンタリー番組”の狙いを検証するに当たり、

その前段階として、検察側の証人として出廷したジョージ・ロペスによる証言から、

 

2005年裁判が、共通の台本に沿った組織的犯行であったと言える

更なる根拠を確認しておきたいと思います。

 

以下の検証に用いる資料は、先回に引き続き、

アフロダイテ・ジョーンズの著書「MJ裁判」です。

 

   

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検察側の証人:ジョージ・ロペスによる証言

 

(アフロダイテ・ジョーンズ著「MJ裁判」265p~)

 

http://michaels-page.seesaa.net/article/140791296.html

 

(抜粋)

『検察側はコメディアンでテレビ・スターのジョージ・ロペスを証人席に招いた。

彼は、アルビーゾ家との関係を語るために出廷した。

 

    

 

ギャビンがガンを宣告された頃から、ロペスはアルビーゾ家との絆を深めた。

アルビーゾ家の子どもたちが、ラフ・ファクトリーのコメディ・キャンプに

参加していた頃からの付き合いだ。 

 

中略 

 

 http://michaels-page.seesaa.net/article/140900511.html

 

ロペスは妻と共にギャビン・アルビーゾのための募金イベントを開こうとした

だけでなく、入院中のギャビンを何度も見舞ったと陪審に語った。


ロペスはアルビーゾ家を強く弁護し、彼らに心から同情する理由を語った。

ロペスは、アルビーゾ家に深くかかわった最初の有名人だった。

 

証言の前半で、ロペスはアルビーゾ家について良いことしか言わなかった。


3人の子どもたちを「いい子たち」だと評し、母親のジャネットについては、

子どもたちの成長と発達を真剣に考える献身的な母親のようだったと述べた。

 

管理人:

「MJ裁判」の著者が、”証人”に選ばれた者たちにへつらいの言葉や、

彼等を誉めそやすフレーズを使っている点に注目してください。

この裁判の”証人”に抜擢された芸能人やラフ・ファクトリーのオーナー、

ジェイミー・マサダは、MJ裁判を機に多くの取材を受け、ギャラを受け取り、

世界的な報道に彼等の顔と名、誇張された経歴などが取り上げられる

チャンスを得ていたからです。

 

 

(つづき)
子ども達に全米屈指のコメディアンの指導を受けさせるため

イースト・ロサンゼルスからバスに乗ってコメディ・キャンプにやってくる

ジャネットの姿に、ロペスは感銘を受けた。

 
ABCで冠番組を持つジョージ・ロペスは、スタンドアップ・コメディアンとして

25年間活動してきたと証言すると、サンセット・ブールバードのラフ・ファクトリー

でのパフォーマンス歴は25年以上にわたると語った。

 

クラブ、ラフ・ファクトリーのオーナーである

ジェイミー・マサダはロペスの友人だ。

 

 ジェミー・マサダ(法廷)     テレビインタビューに出演したマサダ

  

 

 

 

マサダが貧しい子どもたちに関わり、彼らがプロから無料でコメディを

学べるよう、自身の人気クラブを日中開放していることに、

ロペスは尊敬の念を抱いていた。

 

ロペスは、ジェイミー・マサダから電話を受け、恵まれないこの家族は、

ロペスにぜひコメディ指導を受けたいと依頼してきたのだ。

1999年の秋、ロペスはダブリン(姉)、スター(弟)、ギャビン・アルビーゾに

指導を始めると、2時間のセッションを7週間続けた

コメディ・キャンプが終了してから約6週間後、ジャネット・アルビーゾ(母親)が

ロペスの携帯電話に連絡を入れた。

 

ロペスによれば、ジャネットは息子の健康状態について

「すっかり取り乱していた」様子だったという。

 

彼女は、ギャビンが謎のガンに侵されていると診断され、泣き叫んでいた。

 

ギャビンが非常に深刻な状態だと知ったロペスは、病院まで見舞いに行くと、

少年が「重篤な状態」にあることを知った

 

ロペス夫妻は何度も病院を訪れただけでなく、ギャビンがエルモンテ

(ロサンゼルス近郊)に住む祖父母の家で療養していた時には、

そこまで見舞いに行った。


ロペスはギャビンの祖父母の家について、低所得者が住む典型的な

「トラクトハウス」だと形容し、

家具にも床にもプラスチックシートが被されたままだったと説明した。


ロペス自身が幼少時代に住んでいた家を彷彿とさせるその家は質素ながらも

清潔で、ギャビンのために無菌状態の特別寝室が用意されていたという


その部屋に入るには「ローブを着なければ」ならなかったとロペスは言った。

 

ロペスは陪審に対し、2000年の2月と3月に妻と病院を頻繁に訪れ、

ギャビンと彼の父デイビッドに会っていたと話した。


ギャビンの容態が極めて深刻だった時期である。」

 

(ジョージ・ロペスの証言 抜粋終わり)

 

※ロペスは、証言の前半はアルビーゾ家を誉めそやしましたが、

 後半では真逆のことを語り、彼等を詐欺師呼ばわりして非難しました。

 

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著書「MJ裁判」の記録から、提出されなかった証拠物件の意味と、

提出された証拠物件の意味に焦点を当てて分析します。

 

 

⑴ あるべき証拠物件がないことが意味すること

 

ロペスは、アルビーゾ家との関係を語るために法廷に出廷した

ということになっていました。

 

著書「MJ裁判」によれば、彼は、「全米屈指のコメディアンであり、

ABCで冠番組を持つスター」だといいます。

 

そのロペスが彼のファンであった貧しいアルビーゾ家の子ども達に、

7週間もコメディアンの指導を続け、彼は、彼らをたいそう気に入り、

母親のジャネットについても、子どもたちの成長と発達を真剣に考える

献身的な母親だと感じていたと語りました。

 

ギャビンの病を知ってからは、妻と共に何度も病院に見舞いに行き、

 

ギャビンが退院してからも、わざわざ、療養中のギャビンを見舞うために、

エルモンテの祖父母の家にも訪ねて行ったといいます。

 

しかし、ロペスは、自分が語った証言を裏付けるアルビーゾ家との

記念写真をただの一枚も提示しませんでした。

 

全米屈指のコメディアンであり、ABCで冠番組を持つスターであるロペスが

語ったアルビーゾ家との間柄がもし事実であれば、

 

当然あるはずの記念写真をただの一枚も提示しなかったのです。

 

ロペスは著名人ですが、アルビーゾ家は無名であることから、陪審員も判事も、

この両者の関係を知るよしもないのですから、

「関係を証明する」ために、あるべき証拠を提出しなければなりません。

 

両者の関係の性質(著名人とそのファン)からして、密接な交友関係を示す

記念写真は、絶対にあるはずの証拠であり、

 

彼の証言が真実であることを最も簡単に証明できる証拠物件であるにも関わらず、

それを提示しなかったということは、

 

「証拠写真」が一枚も存在しないことを意味しています。

 

そうしますと、実際には、彼の話は、クリス・タッカーの場合と同じであり、

台本上の作り話だったということを証明していることになります。

 

因みに、アルビーゾ家も同様に、ギャビンが癌患者であった頃のタッカーとの

親密な交友を示す写真を提出せず、ロペスとの記念写真も提示しませんでした。

 

さらに、検察側(トム・スネドン)も弁護側(トーマス・メゼロウ)も、

あるべき証拠を提示するよう要求しなかったことから、

 

両者は、ロペスの証言には裏付けとなる証拠がないことに触れないように

装った、ということになります。

 

ですから、ロペスが語ったアルビーゾ家との関係や、深刻な癌を患った

ギャビンを見舞ったという話は、実際には無かった話であることを

検察と弁護側双方が承知していたことになります。

 

 

 

 

 

 ここまでの「まとめ」

 

⑴「ロペスと彼の妻が入院中のギャビンを何度も見舞いに行ったことを

  証明する写真が一枚もない。

 

⑵MJは入院中のギャビンを一度も見舞いに行ってなかった。

 

⑶癌を患ったギャビンとMJのホームムービーは

 「指示された演技であった」としか見えない。

 

 

     

 

⑷”人気スター”のクリス・タッカーが、彼のファンであるギャビンが癌を患っていた

  頃に、アルビーゾ家と親しく交友していたことを証明する写真をただの一枚も

  提示できなかった。

 

⑸MJの献身的世話によってギャビンの深刻な癌が奇跡的に完治するまでの

 あるべき記録や写真が存在しない。

 

⑹検察側(トム・スネドン)と弁護側(トーマス・メゼロウ)双方が、

 証人たちの証言の裏付けとして、あるべき証拠が一つもないことを

 少しも問題にしなかった。

 

⑺台本があり、指示された演技であったことを示す特徴が明らかに見られる

 バシールのドキュメンタリーやMJ側のホームムービー(検察側の証拠)や、

 

 ジャクソン家の制作による反論ドキュメンタリービデオ(弁護側の証拠)を、

 ”証拠物件”と称して上映することにより、 

 

 検察、弁護側、判事らが共謀し、この事件と裁判には正当な証拠がない

 という事実に注意が向かないように装っていた。

 

 

上記の分析事項を考え合わせれば、

この事件と裁判は完全に創作(ねつ造)であり、事実は、

 

ギャビンは癌患者ではなく、入院もしていなかった

ということを示していることになります。

 

 

 

⑵ 提出された証拠物件が意味すること

 

さらに、ギャビンの祖父母の家は低所得者が住む典型的な「トラクトハウス」で、

そこに、無菌寝室が設置されていたとロペスは言いました。

 

ロペスは、その部屋に入るには「ローブを着る必要があった」と言いました。

 

著書「MJ裁判」24pに無菌寝室に居るギャビンの写真と、

本の著者アフロダイテ・ジョーンズによる次のような説明文があります。

 

「MJ裁判」24pより

告発人ギャビン・アルビーゾは、ガンの治療中にマイケル・ジャクソン

と出会った。祖父母宅の「無菌」寝室に座るギャビン。化学療法を受けて

いたため、髪の毛も抜け落ちてしまった。(検察側の証拠物件) 』 

 

 

ロペスは、”その部屋に入るには「ローブを着なければならなかった」”と語った。

 

 

弟のスターが普通のTシャツを着て後ろ向きで座っていますが.....。(写真右)

 

上の写真は、ギャビンが”その部屋”、

つまり、「無菌寝室に入っている」ことを証明していることになりますか?

 

 

          なりません。

 

 

ちなみに、「簡易無菌室」だとしても、無菌室とは以下のようなものです。

 

   

 

 

検察が入手し、法廷で提示したという「証拠物件」は、

 

「ギャビンが無菌寝室に入っていた」ことや、

「無菌寝室があった」ということを裏付けているでしょうか?

 

 

           いいえ。

 

 

むしろ、ロペスが語ったことは「無かった」ことを証明しています。

 

この無菌寝室の写真に、上のような説明を加えた「MJ裁判」の著者であり、

ジャーナリストのアフロダイテ・ジョーンズが、

 

この証拠物件の馬鹿らしさ、信ぴょう性の欠如に気づかなかった

ということがあり得るでしょうか。

 

 

       いいえ、あり得ません。

 

 

アフロダイテ・ジョーンズは、”犯行の首謀者と取引した者”だったのです。

 

彼女の描写によると、”正統派で聡明な敏腕刑事弁護士である

トーマス・メゼロウ”は、

 

検察側による見せかけも甚だしい証拠物件に対して異議を唱えませんでした。

 

それによって、メゼロウは、

”検察側による証拠物件”が正当であるかのように装ったと言えます。

 

原告やジョージ・ロペス、クリス・タッカーらが語った話、つまり、

「ギャビンは癌患者だった」というストーリーが真実であると見せかけるためでした。

 

メゼロウは、ー「MJ裁判」の著者も同様にー検察側と共通の台本で、

各自が自分に与えられた役を演じていたことになります。

 

 

 

そして、その台本上では、非常に高額であるはずの「無菌室」を、

貧しい一家がどうやって手に入れたことになっていたのか、

 

その経緯(ストーリー)について、次は、

アルビーゾ家がマイケルに出会うまでのストーリーを語った

ダブリン・アルビーゾの証言から分析します。

 

 

   

 

ギャビンの姉のダブリン(上の写真右)による証言から 

 (「MJ裁判」140p~)

http://michaels-page.seesaa.net/article/129403251.html

 

 

『ダブリンは、自身と弟2人がジェイミー・マサダと出会った経緯について語った。

 

ジェイミー・マサダは、サンセット・ストリップにあるコメディ・クラブ、

ラフ・ファクトリーのオーナーである。


アルビーゾ姉弟は、「コメディ・キャンプ」に参加し、1999年の夏、

ジョージ・ロペス他のスターからコメディのテクニックを学んだ。

 

※ダブリンの証言は、検察、弁護側(メゼロウ)、

 ロペスやタッカーの証言とぴったりと合致します。
 

アルビーゾ家がギャビンの病気を知ったのは、2000年のことだ。

 

当時10歳のギャビンは得体のしれない種類のがんに侵され

命を脅かされていると診断された。

 

ギャビンの今わの際の願いは、クリス・タッカー、アダム・サンドラー、

マイケル・ジャクソンに会うことだった

 

マサダはギャビンに出来る限りの手助けをしてやりたいと思っていたのである。

 

マサダのコネクションにより、ギャビンと家族はクリス・タッカー、

さらにはマイケル・ジャクソンとも親しくなった。

 

大人向けの化学療法を受けて醜い吐き気に苦しみ、動けないほどに

ぐったりしていたギャビンに、2人は救いの手を差し伸べた。

これも2000年のことである。


病状が快方に向かったギャビンは、退院するとエルモンテに住む

祖父母の家に滞在した。

 

有名人たちは、ギャビンの部屋に高価な空気清浄設備を導入できるよう、

募金イベントを行った。

 

また、ギャビンが闘病中、数多くのエンターティナーが見舞いにやってきた。

 

全員が有名人というわけではなかったが、誰もがギャビンに寄付をし、

おもちゃやプレゼントを渡していた。

折に触れて超大物の有名人がやってくることもあり、

ギャビンは彼らと記念撮影をしたという。

 

そのうちの一人がプロバスケットボール界のスーパースター、

コービー・ブライアントだ。

 

コービーとギャビンの写真が陪審に見せられる間ダブリンは、

ブライアントがギャビンにユニフォームをプレゼントしたと証言した。』

(抜粋終わり)

  

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ダブリンは、祖父母の家に「無菌寝室」が備えられた経緯について、

”有名人たちが募金イベントを行なった”と証言しました。

 

そのイベントの写真や記録は存在せず、そのようにして

極めて特別に贈られた無菌寝室”、それ自体の写真も存在しないのです。

 

       あり得ないことです。

 

祖父母の家に無菌寝室があったことや、ギャビンが無菌寝室に入っていた

ことを示す証拠がないだけでなく、

 

こんな「しょうもない写真」を検察側が”証拠物件”と称して出してきたことからして、

 

   

 

実際には、「無菌寝室」は存在しなかったということになります。

 

タッカー、ロペス、ギャビンとダブリン・アルビーゾたちが、

共通の台本に沿って口車を合わせていただけであって、

 

実際には、ギャビンが癌患者であったことを示す証拠は

ことごとく否定されていることになります。

 

祖父母の家にまで、「超大物の有名人がやってくることもあり、

”ギャビンは彼らと記念撮影をした”」といいます。

 

確かに、有名人がわざわざ訪問してくれた際に、

写真を撮らないということはまずあり得ないことでしょう。

 

”有名人との関係があった”という証言を証明する為と思われますが、

 

祖父母の家にまで来てくれた”プロバスケットボール界のスーパースター、

コービー・ブライアントととギャビンの写真が陪審に見せられた”とあります。

 

全くおかしな話だと思われないでしょうか。

 

コービー・ブライアントはこの事件と何の関係もありません。

 

ジョージ・ロペスとギャビンの記念写真でもなく、

クリス・タッカーと出会ったラフ・ファクトリーでの記念写真でもなく、

 

レイダーズの試合を見せてやろうと、タッカーが彼らをプライベート・ジェット

に乗せ、サンフランシスコのベイエリアまで連れて行った時の写真でもなく、

 

裁判で、「コービー・ブライアントとの写真を”証拠”と称して見せた」

と記録されていることにはどういう意図があったと考えられますか?

 

著書「MJ裁判」の読者に対し、アルビーゾ家がいかに有名人と

接触することに長けていたかと印象操作するためであり、

 

実際には”不要な証拠物件”を提出することにより、

”証拠物は提出されていた”と錯覚させるためでもあり、

 

”正当な証拠物が提出されていない”ことに注意が向かないように

するためだったと思われます。

 

しかも、陪審員に見せたという”コービー・ブライアントとギャビンのツーショット”、

つまり、祖父母の家で癌患者のギャビンが療養していたことを証明する証拠写真は、

 

もちろん、”証拠物件”として公開されませんでしたし、ネット上にも存在しません。

 

そんな証拠写真は、実際には存在しないからです。

 

「陪審員も雇われていた」ことを示しています。

 

こうして、大衆は、犯行の首謀者と数多くの協力者たちによる巧妙なトリックに、

まんまと引っかかってきたのです。

 

被害者であったMJ単独では、この蛮行に対してなす術がありませんでした。

 

MJ以外の無数の関係者全員、警察、判事、弁護士、陪審員、

証人として出廷した有名人達、MJの家族や側近、彼を取り囲む全ての人間が、

犯行を遂行するために共通の台本を演じていたからです。

 

ギャビン・アルビーゾ事件の「証人」という役を演じたロペスに関して

残されている写真や映像は、法廷に華々しく現れた時のもの、

 

  

 

法廷を去る時の夫妻の以下のような仲睦まじいツーショットなど......

 

(貧しい家族の悲劇に同情を示した人道主義者を演出した夫婦)

  

 

彼の名声にとって都合の良いものだけでした。

 

ロペスは、証言の前半ではアルビーゾ家を誉めそやしましたが、

後半では手のひらを返し、詐欺師呼ばわりして彼らを非難し、

被告MJに有利な発言をすることにより、「検察を失望させた」とあります。

 

 

さらに、この裁判では、MJの弁護士を務めたトーマス・メゼロウが、

検察の主張をことごとく覆し、優雅に無罪を勝ち取ったことにより、

「米国最高の刑事弁護士」という肩書を手に入れ、彼は、一躍著名人となりました。

 

 

犯行の首謀者の計算では、初めから、正統派弁護士メゼロウの手腕による

「MJの無罪判決」というシナリオの結末が決まっていたのです。

 

 

後に、同じ首謀者がMJを殺害した際に、”米国最高の刑事弁護士”であるメゼロウに、

首謀者にとって有利な発言をさせることを想定していたと思われます。

 

 

犯行の首謀者によるシナリオであった2005年裁判の冒頭陳述で、

メゼロウは、『最もだまされやすい有名人であるMJが(ゆすりの)標的にされた

と証明してみせる』と豪語し、事実、そうなりました。(76,77p)

 

 

2009年MJ死亡後に、ジャクソン家サイドによる”ドキュメンタリーDVD”

『ライフ・オブ・アイコン』がリリースされました。

 

メゼロウは、そのDVDに出演し、プレミアムイベントにも参加することにより、

ジャクソン家と親密な仲であることを明らかにしました。

 

 

 

 

MJが最も信頼する人物として広く認知されてきたキャサリン・ジャクソンは、

ドキュメンタリーDVD『ライフ・オブ・アイコン』の中で、

 

あの子(MJ)は何度もだまされてしまったの』と語りました。

 

 

 

つづく