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今年の2月、奥不動寺の北側の参道で丁石を見つけたのであらためて記事にまとめたいと思います。

当日、巻向山から奥不動寺に下って桜井市辻へと参道を下ったところ、思いがけず3基(2丁石・3丁石・7丁石)の丁石を見つけました。参道には一部旧ルートが存在する可能性もあるので、その区間に他の丁石が残っているかもしれません。改めて精査するつもりです。 

★追記: その後(2019/10/11)、七丁石~奥不動滝の区間の旧ルートを調査したところ、道跡がしっかり残っていました。 

 


当日歩いた詳しいルートは、
奥不動寺参道で丁石を発見(2019/2/23)』(YAMAP) で。


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では、丁石の順番が逆になりますが、奥不動寺門前から北へ参道を下って行きます。




巻向山奥不動寺入口です。石段左の黄色い塩化カルシウムの山の向こうに何かあります。





これはおそらく道標だと思います。または古い寺号標? 「於く…ふ…」(奥不動寺?) 



参道を下って行くと沢寄りに大きめの石が転がっていました。(写真は下から撮っています)



なにか予感がします…、もしや…?



枯草を掃ってみると、そこには 「七丁」 の文字が刻まれているではありませんか。奥不動寺参道には丁石があったのです。



五丁付近にある石ですがノミ跡がいくつも残っています。文字はないように思いますがまた改めて調べてみます。



しばらく下ると道から少しはなれた沢の横に自然石が転がっていました。



よく見ると三丁石です。これはちょっと気付きにくいです。



少し下った林道の分岐の右側にも何かあります。



二丁石です。埋没していてこれもなかなかわかりにくいです。



県道まで降りてきました。参道のスタート地点です。



この角には案内板の陰で目立ちませんが自然石の大きな道標が立っています。「右 不動寺 白山道 左 名張道」。裏側には 「起工昭和十五年二月十三日 成工仝十九年二月十五日 
延長一千八百五十米十三… 工費一万三千二百八十六円 寄付金八百円 島岡常治郎」 と刻まれています。



県道はかつて田原本街道・笠街道などとも呼ばれていました。分岐から少し下った所にある祠(写真右手)には2つの道標が収められています。



祠横の道標。「右 口のふどう(口不動)」。室町時代(推定)の 『三輪山絵図』 には、高宮神社のある「高峰」(三輪山)を挟んで、「口不動」 と 「奥不動」 の祠が描かれています。



祠内の地蔵道標。文字が見づらいですが、「右 ふどう道 左 笠山道」と刻まれているように思います。この地蔵道標については こちら をごらんください。


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さて、来た道を奥不動寺あたりまで引返してきました。この写真は七丁石と奥不動寺の間にある奥不動の滝への分岐です。



細道を下ると奥不動の滝に着きます。



奥不動の滝からさらに下る道があるような気がしますが(勝手な妄想です)、この先は危険なので倒木でバリケードされているのかもしれません。

私は、参道には一部旧ルートが存在する可能性もあると思っています。この奥不動の滝への小道がそうだとは断定できませんが、旧ルート上に丁石が眠っているかもしれません。

(終)

★追記: その後(2019/10/11)、七丁石~奥不動滝の区間の旧ルートを調査したところ、
道跡がしっかり残っていました。





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(記事編集


<2020/4/18 追記> 
<2020/6/30 追記> 
<2021/5/7 補筆> 
<2022/7/3 補筆>