● 2020/8/14 追記 :
その後の調査で5丁石と9丁石を確認しました。また改めて追記します。 


● 2021/5/10 追記 :
2021/3/27に、7丁石が修復されて推定位置に再建され、9丁石が修復再建され、X丁石が推定の6丁位置に移動されたようです。 

以上、再取材後にまとめて追記します。 



※以下の写真の日付がすべて間違っています (×「2015/6/14」 ○「2018/6/14」) 



高取町の船倉弁天道の丁石群を長いことぶりに見に行きました。

船倉弁天道の丁石は、少なくとも10基は建てられていたと思われますが、現在は見当たらないものもいくつかあります。

以前ネットでいろいろ調べたところ、1丁、2丁、4丁、5丁、9丁、10丁が現存しているという情報があり、
・ 山ものがたり(柴田昭彦) 「清九郎道」 
・ 夢創舘通信 「高取の古道と道しるべ(2)」 
以前訪問した時には1丁、2丁、3丁、4丁、10丁を確認(したはず)していますので、今回はそれ以外の 5丁、9丁 と、行方不明とされる 6丁、7丁、8丁 を探そうというわけです。

船倉弁天道は台風による?水害の跡がなまなましく残り、船倉神社の社殿は倒壊し、今年頭までは瓦礫が放置されていたようです。丁石も、松尾寺のものや(たぶん)、高取町の観音院の丁石(たぶん)のように、過去に土砂とともに流されたものがあるかもしれないということで、道周りだけでなく、沢にも降りて探してみました。


結論から言いますと、明確にそれとわかるものは見つかりませんでした。

そのかわりに、本来とは違う場所に7丁石(仮)のようなものと、○(不明)丁石と思われるものを見つけました。

いずれも苔生し、土に埋もれたものもあり、石だか木だかわからない状態でした。


では丁石を上から順に見ていきましょう。 



船倉弁天神社の社殿跡です。社殿は倒壊し、今年頭までは瓦礫が放置されていたようです。



1丁石。 弁天神社手前の急坂の途中にあります。 



2丁石。 1丁石と同じく、急坂の途中にあります。 



3丁石。 急坂を降りた鳥居前にあります。 



3丁石 (写真右下)。 



4丁石。 これは他と書式および石の質感が違う(清九郎道の丁石っぽい?)気がするので、
無くなったものを補ったのかもしれません。右上に小さいが明確に『右』と書かれています。『右』の文字はなんらかの理由であとから入れられたような気もします。4丁石と後述の7丁石(仮)と10丁石には『辨天神社』と刻まれており、『道』の文字はありません。



これは、○(不明)丁石と思われますが、折れて立っていて上半分が無くなっています。苔生していて何なのかわからなかったのですが…(つづく) 



少し掃除しましたらm(_ _)m、文字が出てきました。GPSがないので場所はアバウトなのですが、上からだと、3丁石と4丁石と資料にある5丁石との間隔でいくと、6丁半あたりになり、下からだと8丁あたりになります。丁石ではない可能性もありますが、道筋には丁石以外のものは見かけなかったので、おそらく丁石だと思います。



そしてこれは、7丁石(仮)と思われるものです。2本の石柱が倒れて土に埋もれていました。苔生していて最初は何かわからなかったのですが…(つづく) 



土と苔を取りのぞき、さらに片方を裏返しました。文字部分に土を詰めて読みやすくしました。m(_ _)m

となり(左)のやつはなんとなく右のものと文字がつながる感じなので、(『辨天神社、七丁、岩?本材木店』のようにも見える。 2018/6/18 追記) たぶん折れた下部だと思います。接合部の形状的に腑に落ちない部分も少しあるのですが。



文字を拡大します。さて、私は『七』に見えたのですが、どうですか? 『七』の字か少し右に寄っているので『九』の可能性もあります。それとも…?? なんせ一つ下の10丁石までの距離を歩数で測ると9丁石があるはずの場所に近く、上からでは、3丁石と4丁石と資料にある5丁石の間隔でいくと、7丁半あたりになります。 この丁石に関しては移動させられている可能性もありますが。

いずれにせよ、ずいぶん前からこの場所に放置されていたようです。完全に人の手によってこの場所に寝かされています。



最後は10丁石です。大幅な移設感がただよう(想像です)10丁石。参道(登山道)入口の奥山集落内にあります。 この10丁石、そして上記の4丁石と7丁石(仮)には『辨天神社』と刻まれており、『道』の文字はありません。これらの3基は他と建立時期が違うのかもしれません。 


さてさて、今回見つけた二つの丁石。○(不明)丁石は、じつは 『5丁石』 で、場所は私の勘違いだったり、7丁石(仮)と思っていたものは、じつは 『9丁石』 だったり、もしそうだとすると、最初の資料通りの結果に落ち着きます。 

しかし、現在の3丁石と4丁石と資料にある5丁石の間隔がだいたい150mから160mなので、それでいくと○丁石は6丁半あたりで、7丁石(仮)は7丁半あたりになりますし、下(10丁石)からだとそれぞれ8丁、9丁あたりになります。

謎を解明したいのでまた訪れたいと思います。

いつもながら説明ヘタですいません。 

では!



● 2020/8/14 追記 :
その後の調査で5丁石と9丁石を確認しました。また改めて追記します。 


● 2021/5/10 追記 :
2021/3/27に、7丁石が修復されて推定位置に再建され、9丁石が修復再建され、X丁石が推定の6丁位置に移動されたようです。 

以上、再取材後にまとめて追記します。 





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(記事編集


<2018/6/17 内容を追加・修正> 
<2018/6/18 追記> 
<2020/8/14 補筆> 
<2021/5/10 補筆>