【人】本村洋さん判決と世論
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発想とアイディアを独自の視点から研究している【伝説のPR職人】ハスカです。
私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある」。
マスコミと読者を「ハッ」とさせ、「ソウ」だったのかとうならせる、
「わがハッソウ(発想)術は永久に不滅です」。
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山口県光市母子殺害事件で妻と長女を奪われた本村洋さんさんの最高裁判決が20日、あった。
「死刑に処す」。
死刑、裁判員制度、精神鑑定、性犯罪、メディア、権力、国家など事件を通して、本村さんの「不条理との戦い」がやっと決着した。
「日本の社会正義が示されて良かったと」と本村さん。
また、判決後、「胸を張って死刑という刑罰を受け止めてほしい」とも。
私のこの判決を「コミュニケーション」と「世論」という観点から見つめていました。
法律や裁判官だって時の政権、世論や価値観を意識せざるを得ない。私は裁判長が下した判決の社会背景に興味をもっていた。
本村さん側からいえばどうやって「被害者の権利保護」という問題を社会と世論に訴え、今回の最高裁判決を勝ち取っていったか。
それは涙ぐましい13年だった。本村さんの言葉は過激だったが、胸を打った。
「犯した罪は万死に値します。いかなる裁判になろうともこのことはだけは忘れないで」
「司法に絶望した、加害者を社会に早く出してもらいたい、そうすれば私が殺す」
「敵は少年ではなく、この国の司法だったことを知った。必ず仇をとりたい」
みずから駅前に立ち、ビラを配り、加害者の残虐さを叫び、被害者の「権利保護」を訴えていった。その模様は新聞やテレビで報じられ、そのたびごとに支援の輪が拡がり、いつしか社会的なムーブメントに。彼の周囲にはいつも孤高の闘いを支える人々が増えていった。
本村さんの戦略は、まず「人と組織」づくりから始めた。
元日本弁護士連合会副会長岡村勲氏と出逢い、一緒になって、「全国犯罪被害者の会」を設立し、みずから幹事に就任。その成果が「犯罪被害者等基本法の成立」「被害者参加制度の導入」に繋がっていったのだ。
私のいう組織とはこの会のこと。弁護士をシャッポとする会合組織のこと。ここがポイント。こうしないとマスコミは取り上げてくれない。マスコミ報道がないと世論の関心が拡がっていきません。
次に自分の見方となるオピニオンリーダーの発掘。職業ジャーナリズム(新聞やテレビを指します)は旬が過ぎれば報道から遠ざかっていく傾向・特性があるため、フリーランスのジャーナリストにそのパートナーを求めた。これは戦略上、大正解だった。
それは出版(上記画像の本)という形で世論づくりに貢献した。
□評論家の宮崎哲弥氏
□ノンフィクションライターの藤井誠二氏。
□ジャーナリストの門田隆将氏
これら3人を見方につけ、世論づくりと裁判の関心の高めていった。
つまり、「人と組織」を作り、メディアと社会、市民などに対し、強力なメッセージを発信していく。実はこの人選びがポイント。社会のキーマンでなければならない。本村さんの選択は正しかった。
これらの手法はわれわれの得意技であるPR、コミュニケーションと同じもの。
今回の判決は「少年事件-厳罰化の方向へ」という流れを作ってしまったが、それはある意味、当然の帰結だったといえる。それは社会の潮流と人々の価値観の変化を
がっちりつかんでいたからだ。
さて、本村さん、テレビで拝見するときはいつも一人だが、実は2009年に再婚されたとか。よかったね。それでも、殺害された妻の結婚指輪をネックレスにして肌身離さず身につけ、「私が棺おけに入るまで身につけていきたい」と忘れていない。
それにしても、本村さんの言葉はいつも重たいけれど的確だ。
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○本村 洋(モトムラ ヒロシ)
1976年、大阪府生まれ。会社員。福岡県の中学、高専を卒業後、広島大学工学部に編入学。98年、同大学を卒業後、新日本製鐵株式会社に入社(現在、新日鐵住金ステンレス株式会社へ転籍)。99年4月、事件に遭遇。その後、会社員として同社に勤務しながら、犯罪被害者の権利拡充を目指した活動を続ける。「全国犯罪被害者の会(あすの会)」幹事も務める。
○宮崎 哲弥(ミヤザキ テツヤ)
1962年、福岡県生まれ。評論家。慶應義塾大学文学部社会学科卒業。同大学法学部法律学科中退。論壇誌での執筆活動、テレビのコメンテーターなど、様々なメディアで活躍中。政治・社会問題からサブカルチャーまで幅広い分野を論ずる。
○藤井 誠二(フジイ セイジ)
1965年、愛知県生まれ。ノンフィクションライター。高校時代から様々な社会運動に参加し、文筆活動に入る。当事者に伴走しながらの綿密な取材に定評がある。大学でも講座を持ち、テレビやラジオでも活動中。
○門田 隆将(カドタ リュウショウ)
1958(昭和33)年高知県生れ。中央大学法学部卒。新潮社に入社。週刊新潮編集部に配属され、以後、記者、デスク、次長、副部長を経て、独立。週刊新潮時代は、特集班デスクとして18年間にわたって政治、経済、歴史、司法、事件、スポーツなど、さまざまな分野で800本近い特集記事を執筆した。
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