ゴールデンウィークって

どんな感じで過ごしてたんだっけ?

 

コロナで新しい生活様式などと言われ始めてから

はや2年目のゴールデンウィークを迎え、

2年前はどんな過ごし方をしていたかすら思い出せない

と言いたくなるような、全く違う世界で生きている。

 

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※写真は家の庭のさくらんぼ。

 

Facebookやブログでたまに上がってくる

過去の投稿や写真を見るとたぶん

 田植えをしつつ

 ライブに行ったり

 釣りに行ったり

 当時していたイベントなどの仕事などもしながら

 日程的な余裕があれば実家に帰る

という、そんな感じだったのだろう。

 

実家の青森には今年も帰れずじまいで、

かれこれ親には丸2年会っていない。

 

実家の方では上京している人が多かったり

田舎ならではのいろいろな事情があるようで

電話で母親と話していると

この状況下で無理に帰省するという選択肢は

今年もあっさり消え去った。

 

そうして私たちは

それに対応していかなければならない。

脳内を変換しなければいけない。

 

固定概念を少しずつ取り払い

寂しさや無念さを抱きながらも、

一歩ずつ、一歩ずつ

とにかく前に進むしかないのである。

 

会いたい時に親に会えない。

 

結婚して遠くへお嫁にくる時に

一旦諦めた事である。

 

しかし、妊娠出産の半年前後以外は

ほぼ毎年一度は帰るようにしていた。

会いたい時ではなくても、

会おうと思えば1年に1度くらいは会えたのである。

 

両親や妹家族の顔が見たい。

自分の子供たちを会わせたい。

方言で話したい。

実家のご飯が食べたい。

青森の名物が食べたい。

夫や子供達と青森を観光したい。

小さい頃の思い出に浸りたい。

墓参りがしたい。

安心したい。

お客になりたい。

家事をしないで過ごしたい。

 

実家に帰るのは何のためだと言われれば、

いろんな思いがある。

 

しかし今、改めて客観視してみると、

両親や自分の子供のためではなく

「自分が実家に帰りたい」

という帰巣本能が何にも勝るのだと思う。

 

三重に住んでもう20年以上になるが、

まだ私は実家に

「帰る」

と言う。

 

もう帰る自宅が三重にあるのに、

実家が本宅のように、そう言うのだ。

きっと親がいるところが帰りたい巣なのであろう。

 

会いたい時に親に会えない。

若い頃はそれでもよかった。

 

しかしながら

親も年をとるし、私も年をとる。

会えないまま何かがあっては困るのだ。

 

両親にはまだまだ元気でいて欲しいし、

私も元気でいなくては、と思う。

 

落ち着いたら毎年帰ろうと思う。

1年に2〜3度帰りたいわ。

 

そしてまた、

こうして自分の思いを文章にすると気づかされる。

 

48歳になってもこんな事を思うのだから、

きっと中学生と高校生の息子たちは

「親が世界の全て」くらいに思っているのかもしれない。

もっともっと子供達を大事にしよう。

 

そして私と同じくらい

毎年青森に行く事を楽しみにしている夫の事も

大事にしようと思う。

 

みんな大事だ。

みんなみんな。

 

毎年恒例になってきていますが、

今年も例年通り田植えをしています。

 

土の入った苗箱に種籾をまいて

芽が出たらビニールハウスへ移動します。

 

 

ズラーッと並べて毎日水をやって

しっかりと苗が伸びてきたら

軽トラに積んで田んぼまで運びます。

 

箱から出した苗を田植機に乗せたり

空いた箱を片付けたり

肥料を運んだり

そんな事をやっています。

 

 
田植えが進んで
ハウスが少しずつ空になってくると
嬉しいような
寂しいような。

 

でもその苗たちが田んぼに植わると

すくすく伸びるのがまた楽しみでもあります。

 

田植え前の土色の田んぼが、

田植え後に一面緑になるのが大好きなんだよぅ照れ

 

うちの田植えは請負の分もあるので、

このままゴールデンウイークまで続きます。

 

がんばろ。

 

ピコニコラのハツエさんと共に制作している
秘宝新聞 2021 春号が発送されました。


これこれ!
しっかりと我が家にも届きました。

私もコラムを書いていますが、
送った文章に
イラストや写真などを付け足して
ハツエさんが編集し、印刷。

読みたいと言ってくれる皆様と
私の手元にも郵送で届きます。

今回も、新巻鮭かな?
切手がとても可愛い。
封筒も宛名シールもかわいいんだよ。

今号のテーマは「アングラ」。

アンダーグラウンドな
音楽やマンガの話なんかもありまする。

毎回、
変なテーマや
おかしなものについて語る
怪しげなフリーペーパーです。

今回もあやしくて、おかしい。

誰か知ってるのかなー?こんな話。
みたいなテーマで書いてるのだけど、
初恵さんがまずは原稿を見て喜んでくれるので
私も毎回書いてて面白いんです。

いつもネタは尽きない。

欲しい方は是非お問い合わせくださいね♪
↓こちらをご参考に♪




二男も3月で小学校を卒業し、

この春から地元の中学に通います。

 

サッカーでは5年生からゴールキーパーに抜擢され

愛知県のチームに加入。

愛知で練習、試合をするようになりました。

 

 

5年生の後半からコロナで練習も試合も減ってしまいましたが

それでも自主練をして体力は落とさず、

食べて食べて体を大きくし

身長も母を追い抜いていきました。

 

2年間ゴールキーパーとしてピッチに立ち続け

中学世代では、セレクションで合格した

地元三重県のクラブチームにキーパーとして加入。

 

今度はサッカーでも

三重県内の友達ができることを喜んでいて

既に春休みから始まっている

新チームの練習に参加しています。

 

平日昼間は仕事で送迎できない日もあり

1人で自宅からバス、電車、徒歩などを駆使して

1.5時間ほどかけて通っています。

 

たまに降りるバス停を間違えたり

電車で駅を乗り越したりしながら

12歳二男、ちょっとずつ自立して行っています。

 

親の私たちも愛知県までの送迎もこの3月で終了。

高速に乗りまくり、ガソリン使いまくりの日々を懐かしみながら、

今度は下道でぼちぼち送っていける距離になりました。

 

新チームには

過去に一緒にサッカースクールにいた

知っている子も数人いて、

更に新しい仲間の名前もどんどん覚えて

とっても楽しそうに練習に参加しています。

 

夫婦でこうして送迎したり試合観戦したりして

自分の子供を応援することの面白さを

とても実感しています。

 

地元チームやプロのチームを応援するのとはまた違った

ヒリヒリするような緊張感や

試合に勝った時の高揚感は、全く別物といった感じ。

 

私たちの遺伝子を持った子供が闘う姿を

こうしてサッカーを通して見られるのは

本当にありがたい。

 

たぶんサッカー以外にも

受験、就職や、社会に出てからも

きっとずっとそうなんだと思います。

 

今は美味しいご飯を作って

送迎を頑張って。

 

そうして子供を応援する事を

これからも夫婦で楽しみたいと思います。

 

我が家の長男は3月で中学卒業、

二男も3月で小学校を卒業しました。
 
子供たちにも自我が目覚め
「俺のことは書かないで」
と言われてから書かないようにしていましたが
今年が1つの節目なので
記録しておきたいと思います。
 
まず書いておきたかった
長男の場面緘黙症のこと。
 
私立中学に合格した彼はこの3月に中学過程を終了し、
そのまま高校生活に入ります。
 
1年生の2学期から6年生の卒業まで
「小学校の中でだけ話せない」
という選択性場面緘黙という症状だったらしい長男。
 
中学に入ってからは
何事もなかったように話せるようになり、
 
テスト期間も
友達とLINEで通話しながら一緒に勉強したり
休みの日に一緒にショッピングモールや
ゲーム感覚で遊べるスポーツ施設に行ったりするような
特別に仲の良い友達もできました。
 
小学校の間も学校には友達がいたのだけど、
環境が変わった途端に
「口パクとジェスチャーで話す」から
「普通に声を出して話す」
というフェーズに切り替わったようです。
 
ジェスチャーや口を読み取ってもらうより
話す方がとても楽であること
話す方がスピード感があり
たくさんの話題について意見できることなど、
話すこと、話せないことの違いを実感したと
いつか話してくれました。
 
今はその当時の小学校時代の友達とも
普通に声を出して会話できるようになりました。
 
苦しくて辛い時期もあったと思いますが、
あの経験は彼にとっての財産になっているはず。
ちょっと甘酸っぱい思い出として
胸のどこかにしまっておけば良いのかな、と思います。
 
話せない時期を過ごしていたあの頃の息子にも
 
 焦らず変化を待とうね
 普通に話せるようになるし
 たくさん友達ができるから大丈夫
 
と言いたい。
言いに行きたいとも思うけれど、
それすらもきっと野暮な事なのだろうとも思います。
 
今は本当に心から「良かったねぇ照れ」と思う。
 
自分で切り拓いた道。
これからも自信を持って進んで欲しいな。
 
そして同じように困ってる友達を見つけたら
気にかけてくれると良いなと思います。
 
高校生活も頑張って!!
 
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※長男はエヴァンゲリオン好き
 
二男のこと、へ続きます。