両面宿儺的弘法大師像(愛媛県・萩生寺) | キュアな月に代わって鬼滅けて~プリキュア、鬼滅の刃、セーラームーン、旧車ミニカー等~

飛騨の宿儺窟には弘法大師の伝承あり

去年から『呪術廻戦』のアニメ放送の影響で、「実際の」両面宿儺像を祭る飛騨地方の複数の寺院に『呪術廻戦』ファンが押し寄せている。それはまるで「鬼滅の刃」ファンの竈門神社巡りのよう。

『呪術廻戦』ファンなら皆、知っているように、作品に出てくる両面宿儺と、寺院に祭られている宿儺像や伝説上の宿儺のイメージとでは、外見が異なる。

作品に登場する宿儺は一つの身体に一つの顔で、目が4つ、腕が同じ向きに4本あるが、寺院等の像や伝説上のイメージの外見は、二体の身体が背中合わせにくっつく形。実際、このような奇形児は海外にいた。今もいるかも知れない。

 

 

作品の宿儺のイメージと寺院での宿儺のイメージも180度違う。両面宿儺を呪術に使う呪法は実際に存在することから、『呪術廻戦』のみならず、同様に呪術が登場する長寿漫画「カルラ舞う!」他、いくつかの漫画や小説では、宿儺は悪霊の親玉のように描かれてきた。

日本書紀にも、村人を襲って略奪を繰り返す悪党として登場し、朝廷の軍によって討伐された旨の記述がある。しかし、伝説では、紀元前7世紀頃、神武天皇が飛騨の位山に登山時、天から降臨し、天皇に王位を授けた、とする。但し、この時はまだ、その「異形の者」は名前がなかった。

「宿儺」という名前が現れるのは、前述の日本書紀に登場する仁徳天皇の世。因みに「宿儺」は固有名詞ではなく、「長(おさ)」という意味。だから飛騨地方の豪族と見做されている。

神武天皇に王位を授けたのは、仁徳天皇の世に現われた宿儺が信仰していた神かも知れない。飛騨の伝説でも、宿儺は自ら「我は救世観音の示現なり。」と語ったという。宿儺像を祭る各寺院でも宿儺は土地の守り神として、信仰を集めている。

 

 

仁徳天皇の世に登場する宿儺は、飛騨の両面宿儺窟に出現したという伝説があるが、この洞窟の奥にも宿儺像が祭られているという。この地に弘法大師が訪れた時、この窟に籠り、宿儺を供養したという伝承もある。

この大師の伝承を愛媛県新居浜市の白王山萩生寺が知っていたかどうかは分からないが、境内には身体が宿儺のような石造の大師像「秘鍵大師像」がある。

像はほぼ等身大の座像で、二人の大師が背中合わせにくっついていて、片面の大師は右手に独鈷、左手に念珠を持ち、もう片面の大師は右手に文殊の利剣を持っている。

 

この萩生寺の本堂も「異形」で、チベット風の仏塔「ストゥーパ」になっていて、「全知全能の目」と言われる「仏陀の知恵の目」が大きく描かれている。

いつからチベット風になったのか分からないが、元々は普通の寺で、他所に建久年間(1190~99)、白皇山観音院南ノ坊として創建された。その後、天正時の兵火で焼失し、慶長年間、現在地に再建された。

堂宇の地下には四国霊場や西国霊場の仏像を祭る「御砂踏み霊場」もあるから、興味がある者は小銭を沢山持って参拝するといいが、寺関係者の中には、参拝客への対応が悪い者がいる。

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