大切な人を亡くすと「アイの歌声を聴かせて」を | キュアな月に代わって鬼滅けて~プリキュア、鬼滅の刃、セーラームーン、旧車ミニカー等~

心にそっと寄り添ってくれるもの】※前回と同じネタバレ有

前回、アニメ映画「アイの歌声を聴かせて」の吉浦康裕監督の過去の作品「イヴの時間」は、アンドロイドを人間の「他人」に置き換えると、「差別」がテーマになることを記した。

 

では、「アイの歌声を聴かせて」の主人公のアンドロイド(詩音)は何に置き換えることができるのか。これを考える際に重要になるのが、この映画はアンドロイドをAIの「思考・思念」という目に見えない「ソフト」と、その「器」であるアンドロイドの機械体「ハード」に分けている点。この発想は画期的ではないかと思う。

では、人間をこの方式でソフトとハードに分けるとすれば、どうなるのか。それはずばり、「魂」とその器「身体」になると思う。その場合、テーマは「亡き人との向き合い方」になる。

 

 

映画ではラスト、詩音の記憶を製造会社に消去されないため、トウマが詩音の「ソフト」を宇宙空間にある人工衛星「つきかげ」に向かって飛ばす。ここでソフトとハードが離れることになる。

人間がこの状態になる時とはそう、死ぬ時。唯物論者等は死んだら全て終わりで、何も残らない旨、戯言を言うが、過半数の者は死んでも、魂は永遠に残ると考えているんじゃないだろうか。

 

 

映画ではソフトとハードが分かれても、誰も悲しまない。逆に人工衛星からみんなのことを見守ってくれる、と思い、ハッピーエンドになる。詩音の「器」に恋心を抱いていたサンダーを除き。

みんなは大切な人やペットを亡くした場合、どうだろう。当然、当初は悲しくて何も手につかない状態になることだろう。しかし自分の人生はこれからも続く。いつまでも悲しんではいられない。

 

 

大切な人との思い出を胸に秘め、亡き人はきっと、自分を見守ってくれている、と思う他ない。そして新たな一歩を踏み出していく。そんな時、「アイの歌声を聴かせて」や以前紹介した映画「黄泉がえり」は、心に寄り添ってくれるんじゃないだろうか。

悲しい時、夜空を見上げてみよう。

月の光のように優しい 眼差しに包まれていること

いつまでも忘れないでいるの 大切な人がいるってことを

 

(「アイの歌声を聴かせて」二枚組サントラ盤収録曲「フィール・ザ・ムーンライト~愛の歌声を聴かせて~」より)

 

 

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