ポニョと宮崎監督のイメージ聖地(1)後山公園 | キュアなハートでレッツ・ラ・前進!~プリキュアラーたちへ~
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【公園の東屋と隧道】

先日、広島県福山市へヒーリングっど♥プリキュアショーを一泊二日で見に行った際、鞆の浦の「崖の上のポニョ」と宮崎駿監督の「イメージ聖地」も巡った。

 

宮崎監督は「ファンタジー」を重視するアニメ監督だから、作品に実在の町並みや風景は殆ど描かない。しかし、「崖の上のポニョ」の構想を練るに際し、鞆の浦の「崖の上」にしばらく滞在し、周辺を綿密に下見している。

 

だから地元の者がポニョの映画を見ると、どこの風景や何を参考にしてアニメを描いたのかが、ある程度想像がつく場合もある。そんなこともあり、’08年、ポニョが公開された時、鞆の浦観光情報センターでは、手書きの「鞆の浦でポニョと出会う?」マップを作成し、頒布していた。現在、このマップはパソコンで「清書」され、タイトルも「鞆の浦の町並み」に変更されている。

 

そこに掲載された各所は聖地ではないものの、宮崎監督が当該地を参考にしてイメージを膨らませ、アニメを描いた可能性があるため、「イメージ聖地」と呼びたい。また、宮崎監督の立ち寄り先もいくつか巡った。

 

最初に訪れた地は鞆の浦背後の山並みを南北に走るグリーンライン沿いにある「後山公園」。

映画の最後の方で、宗介が魚に戻ったポニョをバケツに入れ、リサを探しに行く際、フジモトに追われて駆け上がった「前山公園」の東屋の元になった地。

 

マップではその東屋を仙酔島の待合所に比定しているが、公園名や周辺地形からしても後山公園がモデルになっていることは明らか。それに宮崎監督が何度も登った太子殿からも登れるコースがある。

 

その東屋は後山公園の「展望デッキ」にあたり、映画に出て来た東屋にそっくりの展望舎があるが、建設当初は映画のものとは形が違う二層構造のものだった。宮崎監督が訪れた時は新旧どちらの展望舎だったのか定かではない

 

もし旧展望舎だったとしても、公園入口の向かいには映画の東屋に似た休憩舎があるから、宮崎監督は展望デッキの地形とその休憩舎を合体させて描いたのだろう。

 

 

映画と異なる点は、映画では東屋に到る小径が石段で、手摺は木製だったのに対し、実際は石段ではなく、車椅子も通行できるように整備されたスロープのコンクリート道で、手摺は金属製か何かの人工素材。

 

また、標高が高い地にあるため、どれだけ大きな津波が来たとしても公園が水没することはない。

公園は鞆町(鞆地区)屈指の桜名所で、公園の最高所にある展望台から桜越しに展望デッキを伺うこともできる。

 

また、マップに記載はないが、以前、公園の600mほど北にある喫茶・メルシーの駐車場に「崖の上のポニョのモデルの店です」という手書きの看板が掲げられていた。

 

しかし映画にはメルシーの建物に似た建物は出てこない。そこで調べてみると、かつてメルシーのオーナーは、メルシーの下方にあった「ホテル白雲」も経営していた。

 

この建物が、前述のマップにある、デイケアサービス「ひまわりの家」のモデルではないかと言う民家に似た三角屋根なのだ。但し、どちらの建物も疑問符が付くが。

尚、この周辺にも枝垂れ桜他の桜がいくつかある。

 

更にメルシーの北方のかつて自殺もあったという廃墟・旧鞆の浦山荘は、映画の「山の上ホテル」をやや彷彿させる。因みにマップでは仙酔島の国民宿舎を比定している。しかしそこは山の上ではなく、海岸沿い。

 

ところで今回、イメージ聖地巡りに先立ち、電話で鞆の浦観光情報センターに前述のマップのことを尋ねると「今はもうない」と嘘をつかれた。実際は、情報センター(「鞆の浦総合おみやげセンター」も兼ねる)で何か買い物をした際に言うと渡してくれる。

 

嘘をついたのはマップを作成した店長だと思われるが、アニメファンは今では地元にとっては「何の役にも立たない」とでも思っているのだろうか。だとしたら観光の窓口的施設を運営する資格はない。

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