日本国憲法(考) 「非武装中立こそが今の日本の必須課題」
完結するかどうかわかりませんが、乱暴なメモとして、自らの心情を書きなぐっておきたい…と思い出しました。日本国憲法はその第1章に象徴天皇を規定し平和主義、主権在民、基本的人権を国の骨格として示したものです。特に平和主義の宣言は「非武装中立」が大前提であるにも関わらず、もはやその理念は有名無実となり主張する事さえ憚れる風潮が出来てしまいました。70年生きてきて、日本の歴史を振り返り、この日本国憲法の施行と共に歩んできた我が身にとって、今考える憲法の存在とその意義に立ち返り、立憲民主主義を唯一の政治的選択として発展を遂げてきたのだ…と強く思うのです。立憲主義が風前のともしびとなる中、少数とは言え立憲民主党が誕生した事はわずかな希望にもなりました。歴史と現実を踏まえた上でなお、今しばらくはこの憲法を保持するべきとの強い信念とその根拠を書き残しておきたく先ずはメモしておこうと考えました。思いつきの長文になるか、途中で筆を折るかはわかりませんが、先ずは序章のみ先にアップしてしまいます。日本国憲法(考)「非武装中立こそが今の日本の必須課題」(序)少数とはいえ、(ほぼ)護憲政党が誕生しました。一方で圧倒的改憲勢力の誕生が明確となり、日本国憲法の改定も焦眉の急という情勢である事を認めざるを得ません。日本社会党が政権の魔力と労組の官僚主義の果てに消えて以降、庶民の声も日米同盟やむ無し、米国の核の傘の下が合理的であるという価値判断に至ってしまったようです。自民党の宿願であった憲法改定は現政権の巧みな術中にはまり、一見民主的な改憲論が体勢を占めたようです。しかし、この時期に偶然出来上がった立憲民主党は、明らかに(ほぼ)護憲政党であり、少数にしろ現行憲法の精神を理解し、今後とも日本に必要不可欠な憲法であると考えて結集ができたのだと思うのです。日本国憲法が、あくまでも非武装中立國である事がその中心にある考え方である事は論を待ちません。そしてその中での自衛隊の存在を問題視し、日米同盟をその補完勢力として是認せざるを得ないと考えてしまったのです。(日本国の発展にはやむを得ない選択であるとして「非武装中立」では国は成り立たないとしたのでした。)いつしか「非武装中立」は死語となり、声高に叫ぶ事も憚れるほどの状況です。果たして日本国憲法の役割はなぜ、いつ、終了してしまったのでしょう。又は制定そのものに間違いがあったのでしょうか?私は日本国憲法の制定とともに生まれ、育って70年が経過しました。そして今も今後とも少なくともあと30年はその内容を「一字一句」変えるべきではないと考えています。日本国憲法こそが、日本の歴史と文化を代表し、今日の日本を育んで来たと信じて疑いません。日本国憲法を国際法やいわゆる学者的憲法論とは別のものとして世界に宣言する国法(国宝)として考えてもいます。(分かりにくいでしょうが、憲法を国際法的に細かい「てにおは」やそのお行儀に関わる必要など無いものと認識しています)とはいえその理由を個人的ではあっても、これらの意味を論理的に主張し、書き残しておきたく考え以下にまとめてみる事としました。(ある意味では究極の保守陣営にあり、現状を否定し改憲を企む勢力こそがリベラルであるのかも知れません。米国の軍備の傘にいる状況を是とする新右翼を革命派、そして自衛隊を軍にしようとする革命軍の勝利には抗いたく、それこそリベラルではなく、ラジカルなる新保守主義とも考えるのです。