エンジェルストーンのハッピーブログ

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渋谷センター街「天然石専門店エンジェルストーン」から日々の情報や癒しとスピリチュアルな事を中心にお伝えいたします。



新型コロナウイルス感染症拡大対策により、渋谷の実店舗は臨時休業をしておりましたが、5月25日(月)より時間短縮にて営業を再開いたします。
当面の営業時間は12時〜18時となります。

渋谷の実店舗はもともと扉のないオープンな店舗ですが、皆さまに安心してお越し頂けるように、店舗入口に消毒液、対面するカウンターと鑑定スペースにはウイルス対策のアクリル板の設置をいたします。
またスタッフはマスク着用での対応をさせて頂きますので、何卒ご理解の程よろしくお願い申し上げます。

お会いできるのを楽しみにしています。

エンジェルストーン
臨時休業延長のお知らせ

新型コロナウイルス感染症対策により、
実店舗はしばらく臨時休業とさせて頂いております。
ご不便をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

なお、オンラインショップは営業しておりますが、
発送まで約1週間程のお時間を頂いております。
大変ご迷惑をお掛けいたしますが、何卒ご理解の程よろしくお願い申し上げます。

エンジェルストーン



自粛中の渋谷センター街の様子
渋谷センター街のパワーストーンのお店”Angel Stone”がお届けする、スピリチュアルプチレッスンシリーズ!

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嫌がらせをする人への対処法 ー 判断しないで愛として存在しようとする

嫌がらせをする人への対処法

今回の動画は、会社や学校で嫌がらせを受けているときの基本的な考え方についてです。
動画の最後に「正しさ」という言葉が出てきます。

この三次元の世界では、様々な考え方の人が出会うので、一時的に不調和な体験に出会うことは避けられません。

嫌がらせをする人には、その人なりのロジックがあり、自分が間違ったことをしているとは思っていません。
その人が、意識を広げて、自分の間違いを自覚できるようになるまでは、その方にとっては「嫌がらせ」することも「正しい」ことなのです。

そういう方と関わる時に必要なことは、
①彼の言動を「判断しない(裁かない)」ことと、
②「自分にとっての正しさを曲げない」ことです。

まず、①の「判断しない」ことの大切さについて説明しましょう。

「会社では『それもお給料のうち』と考える」というのは、意識してその先の思考を停止してしまう、ということです。
それは手っ取り早く「判断しない」方法でもあります。
「たまたま、今、そういう先輩と巡り合ったことも、意味があることだ」と考えて、現在の状況をありのまま受容してしまうのです。

「学校では『先生に言う』」というのは、「そういうことが起きている」ということを知らせることで、その良し悪しの判断を先生に委ねることですから、これも「判断しない」で行うことができます。

いずれの場合も、「判断しない」ことは、自分の心の中に「新しい現象の種を撒かない(反作用の原因を作らない)」という選択を積極的にすることであり、これはスピリチュアル的には、適切な対処方法なのです。

「この先輩の行動は間違っている」と判断して、心理的に「自分は正しい」「彼は悪い」という立場を選ぶと、「二極性」の世界に落ち込みます。
そうすると、その立場から行った行為には、必ず、あとで何らかの「反作用」が伴います。

だから、「自分の心の王国を守る」ためには、どんなに理不尽のように見えても、「彼を悪だと思わない」(判断しない、裁かない)ことが重要なのです。

次に、②の自分にとっての「正しさ」を貫くということは、「自己志向」、言い換えると「自分が自分であるために、他者に依存しない」ということと同義です。

低次元のエネルギーで他人をコントロールしようとする人は、自分を支えるために、他者に依存せずにいられない人です。その波動に同調して、つるんで仲間になるような人も、同じく、自分が自分でいるために、他人の承認を必要としている人です。

自己志向ではなく他者依存になるのは、自分の神性を知らない(スピリチュアルな真実を知らない)からです。

さて、この世的な問題や課題に直面した時こそ、「自分は何者か」を自分自身の「存在を通して」確認(証明)できるチャンスです。
より大きな「愛」の方向を選択することが神の目から見た本来の「正しさ」の基準です。

周囲の人たちがみんな「愛でないもの」を選択している時でも、あなたは「愛であること」「愛として存在すること」を選択することができます。
そういう時には、むしろあなたの個性がひときわ輝くでしょう。
ですから、自分の心に正直に、「正しい」と思ったことを貫くべきです。

「正しいもの」「より愛に近いもの」は、「間違ったもの」「より愛でないもの」と比較しないとわかりません。
そう考えると、現在自分が置かれた環境がどのようなものであっても、自分の魂の学びにとって最高の機会として、感謝を持って受け取ることができるのではないでしょうか。