在原繁アルゼンチン宣教師の証し「祈り続けるなら、奇跡が起こる!」
私はアルゼンチン宣教の召しを1983年の5月16日に受けました。

その後、不思議なことがまた起こり始めました。私は意気消沈していました。
どのようにアルゼンチンへ行ったらよいかわからない。
アルゼンチンは一体どういう所で、私はそこで何をすれば良いかわからない。
わからないことばかりでした。
そういう状況の中で、ある時に私は一人の人をお導きすることが出来、バプテスマを授けることが出来ました。

その方は非常に大きな病気を持っていました。
体も顔も膨れて、髪の毛が抜け、歯は溶けていく、内臓の間に豆腐のおからのようなものがついてしまう病気でした。
彼はとても頭の良い方ですぐに聖書を読み始めました。
私はいつも彼の所に行き、手をおいて祈りました。
ところが何度祈っても御わざが起こりませんでした。
全然変わらない。
悪化するばかりでした。

ついに彼は教会から離れ、私が訪問すると、「もう来なくても良い」と言われました。
ある時に私のところに、あちらこちらから噂が入ってきました。
私のことを悪く言ってるという噂でした。
「キリスト教会の牧師はブタ野郎」と言われました。
私は若かったので、彼の言ったことが頭にきました。
それから彼のことをあまり祈りませんでしたが、私の幼い子どもたちは家庭礼拝の中で、よく彼のために祈っていました。
毎晩祈っていました。

ところが一年ぐらい経ったとき、礼拝をしている最中に彼が入ってきました。
彼は変わっていました。
そして礼拝が終わると、司会をしていた先生が、「今日はT兄弟が来ましたから、久しぶりにお証しはいかがでしょうか」などと言われました。

彼は講壇へ上ると、「ウワーッ」と大きな声で泣き始めました。
ハンカチを取り出してずーっと泣いていました。
彼はこう言いました。
「もう教会へは行かない。聖書を閉じてその上に悪書を置いておいた。酒を飲んで、でたらめな生活を始めた。もう太く短く生きようと思った。ところがどんどん落ちていきました。」
彼は起き上がることも出来ない苦しい時に、教会に来る二週間前でしたが、実は彼が自分の部屋で、真っ暗闇な中で起き上がってひざまずいて祈ったそうです。
「イエス様、私は何のために生きているんですか?教えてください」とそれだけでした。」

そうしたら彼に真っ暗闇の中に、真っ赤な十字架が幻となって現われたと言われました。
その十字架の色はどのような色でしたかと聞くと、この世で見たことのない真っ赤な十字架だと言われました。
彼はその十字架を見た時、この十字架の中に救いと癒しと解放があるとわかったそうです。
聖書をまだ一回か二回しか読んでいない彼がわかったのです。
そして「イエス様」と言った時に完全に見放された、長年つもっていた重病がその場で癒されたと言いました。

彼は全く解放されて二週間後に髪の毛をとかし、晴れ晴れとして教会へやってきたのです。
教会がそのことを通して、
‟十字架の血潮は今日も有効!、十字架の血潮は今日も求める人に働いてくださり、十字架の血潮を通して癒しと解放と救いが起きる!今でも十字架は変わらない!”
ということを教会全体、また私自身も教えられました。
この二つのことを通して神様は宣教地で、私たちを何度か助けました。
神様が臨在するならば、神がご介入されるならば、家庭の中にも、教会の中にも宣教地どこにあっても、力ある働きが出来るということ、証しをして御霊の現れをもらうことが出来るということ、これが第一番目でした。

どのような時にも、キリスト教会の真ん中に、家庭の真ん中に十字架の血潮をあがめるということ。
この十字架から神の豊かないのちの水が溢れてくる。
そこに解放・救い・癒しがあります。
これで本当に助けられました。
(参考:http://www.shinshiro-church.or.jp/content/backnum/990725.html)
「絶えず祈り続けなさい」(第一テサロニケ5:17)
「兄弟たちは、小羊の血と、自分たちの証しのことばのゆえに彼(サタン)に打ち勝った」(黙示録12:11)
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私はアルゼンチン宣教の召しを1983年の5月16日に受けました。

その後、不思議なことがまた起こり始めました。私は意気消沈していました。
どのようにアルゼンチンへ行ったらよいかわからない。
アルゼンチンは一体どういう所で、私はそこで何をすれば良いかわからない。
わからないことばかりでした。
そういう状況の中で、ある時に私は一人の人をお導きすることが出来、バプテスマを授けることが出来ました。

その方は非常に大きな病気を持っていました。
体も顔も膨れて、髪の毛が抜け、歯は溶けていく、内臓の間に豆腐のおからのようなものがついてしまう病気でした。
彼はとても頭の良い方ですぐに聖書を読み始めました。
私はいつも彼の所に行き、手をおいて祈りました。
ところが何度祈っても御わざが起こりませんでした。
全然変わらない。
悪化するばかりでした。

ついに彼は教会から離れ、私が訪問すると、「もう来なくても良い」と言われました。
ある時に私のところに、あちらこちらから噂が入ってきました。
私のことを悪く言ってるという噂でした。
「キリスト教会の牧師はブタ野郎」と言われました。
私は若かったので、彼の言ったことが頭にきました。
それから彼のことをあまり祈りませんでしたが、私の幼い子どもたちは家庭礼拝の中で、よく彼のために祈っていました。
毎晩祈っていました。

ところが一年ぐらい経ったとき、礼拝をしている最中に彼が入ってきました。
彼は変わっていました。
そして礼拝が終わると、司会をしていた先生が、「今日はT兄弟が来ましたから、久しぶりにお証しはいかがでしょうか」などと言われました。

彼は講壇へ上ると、「ウワーッ」と大きな声で泣き始めました。
ハンカチを取り出してずーっと泣いていました。
彼はこう言いました。
「もう教会へは行かない。聖書を閉じてその上に悪書を置いておいた。酒を飲んで、でたらめな生活を始めた。もう太く短く生きようと思った。ところがどんどん落ちていきました。」
彼は起き上がることも出来ない苦しい時に、教会に来る二週間前でしたが、実は彼が自分の部屋で、真っ暗闇な中で起き上がってひざまずいて祈ったそうです。
「イエス様、私は何のために生きているんですか?教えてください」とそれだけでした。」

そうしたら彼に真っ暗闇の中に、真っ赤な十字架が幻となって現われたと言われました。
その十字架の色はどのような色でしたかと聞くと、この世で見たことのない真っ赤な十字架だと言われました。
彼はその十字架を見た時、この十字架の中に救いと癒しと解放があるとわかったそうです。
聖書をまだ一回か二回しか読んでいない彼がわかったのです。
そして「イエス様」と言った時に完全に見放された、長年つもっていた重病がその場で癒されたと言いました。

彼は全く解放されて二週間後に髪の毛をとかし、晴れ晴れとして教会へやってきたのです。
教会がそのことを通して、
‟十字架の血潮は今日も有効!、十字架の血潮は今日も求める人に働いてくださり、十字架の血潮を通して癒しと解放と救いが起きる!今でも十字架は変わらない!”
ということを教会全体、また私自身も教えられました。
この二つのことを通して神様は宣教地で、私たちを何度か助けました。
神様が臨在するならば、神がご介入されるならば、家庭の中にも、教会の中にも宣教地どこにあっても、力ある働きが出来るということ、証しをして御霊の現れをもらうことが出来るということ、これが第一番目でした。

どのような時にも、キリスト教会の真ん中に、家庭の真ん中に十字架の血潮をあがめるということ。
この十字架から神の豊かないのちの水が溢れてくる。
そこに解放・救い・癒しがあります。
これで本当に助けられました。
(参考:http://www.shinshiro-church.or.jp/content/backnum/990725.html)
「絶えず祈り続けなさい」(第一テサロニケ5:17)
「兄弟たちは、小羊の血と、自分たちの証しのことばのゆえに彼(サタン)に打ち勝った」(黙示録12:11)
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