1951年(昭和26年)にコンビを結成し1954年(昭和29年)から
コンビを解消する1987年(昭和62年)まで共同ペンネーム「藤子不二雄」として
世に沢山の作品を送り出した藤本弘先生と安孫子素雄先生
そんな、藤子不二雄先生が世に送り出した僕がリアルタイムで観た
昭和40年代までのテレビアニメをまとめてみた
・進めシスコン(1963年12月20日-1964年3月27日)
シスコ製菓のシスコーンのマスコットキャラクター「シスコン坊や」を使ったクレイアニメ
オリジナルストーリーの漫画「シスコン王子」とのタイアップ作品
いや~ シスコーンとシスコン坊や、女の子のチョコちゃんは
覚えているがクレイアニメの進めシスコンは記憶にない
何せ放送開始された年に生まれてますからね
・オバケのQ太郎(1965年8月29日-1967年6月28日)
藤子漫画完全オリジナルとしては初のアニメ化
TBS日曜7時30分枠、不二家提供の「不二家の時間」という枠で放送された
オバQブームは社会現象となったのでよく覚えているが
初期のオバQはモノクロ放送だったのか、忘れてたな~
・フータくん(1966年)
まったく記憶にない作品なのだが調べてみると当作品はパイロット版しか制作されてなく
放送も一部の地域限定だったらしくフィルムも紛失しているらしい
・パーマン(1967年4月2日-1968年4月14日)
冴えない小学生須羽ミツ夫がある日、宇宙人からもらった
マスク、マント、バッジからなるパーマンセットを装着すると怪力や
空を飛ぶ能力などを授かり、その力を生かして正義のヒーローになるという物語
いや~パーマン大好きだったし夢の中で僕もパーマンセットを手に入れて
マントを付けて空を飛ぶ夢を何度も見た事をよく覚えている
最終回は悲しくて涙が出た事も覚えている
・怪物くん(1968年4月21日-1969年3月23日)
怪物ランドからやって来たちょっとワガママな少年・怪物太郎
ヒロシ姉弟のアパートに間借りして、家来のドラキュラ・オオカミ男
フランケンと共に人間界で大暴れする痛快ギャグアニメ
そっか~ 怪物くんも初期の作品はモノクロだったのか
・ウメ星デンカ(1969年4月1日-9月23日)
故郷のウメ星が爆発してしまったため地球に逃れてきたウメ星国の
王室一家が地球の平凡な一家に居候するギャグ漫画
ウメ星王国の王子デンカは地球で出会った太郎と仲良くなり居候する
この作品は個人的にちょっとしたエピソードがあった
幼馴染にウネという苗字の同級生が居てウネとウメを引っ掛けて
彼のあだ名がデンカになったのを今でもよく覚えている(笑)
・新オバケのQ太郎(1971年9月1日-1972年12月27日)
確か初期のQ太郎にはP子とドロンパは出ていたがバケラッタのO次郎と
U子はカラー放送になった新オバケのQ太郎からの登場だった
・ジャングル黒べえ(1973年3月2日-9月28日)
元々ジャングル黒べえは原作漫画はなくアニ先で作られた作品
アフリカの密林に住むピリミー族の王さまの息子である黒べえが
ジェット機を大きな鳥と勘違いし捕らえようと車輪にしがみついたものの
日本上空で力尽きて落下し落ちた先の佐良利家で看病されたことを機に
恩返ししようと得意の魔法や呪術で騒動を巻き起こすというギャグタッチの物語
今では黒人冒涜というコンプライアンスの問題で放送出来ないらしい
・ドラえもん(1973年4月1日-9月30日)
まあ説明するまでもない今や国民的アニメの代表作の一つだが
本作は日曜の夜7時からの30分番組というゴールデンタイムでの放送だったが
小学生向けの漫画を原作として製作された本作は対象とする年齢が
低かったこともあり強力な裏番組に押され当初は視聴率で苦戦した
特筆すべきはドラえもんの声と言えば大山のぶ代さんをイメージされる方が
多いと思うが放送開始当初は富田耕生さん、途中から野沢雅子さん
大山のぶ代さんが起用されるのは1979年(昭和54年)の第2シリーズから
しかし、こうして見ると意外にもモノクロ作品が多いと感じる
Q太郎も、パーマンも、怪物くんもその後カラー放送でリニューアルされたので
個人的には年齢的には観てはないと思うがカラーの印象になっちゃったんでしょうね
てか、意外な事に1973年のドラえもん放送終了から藤子不二雄の
作品がアニメ化されるのは6年後の新ドラえもんなんですよね
空白の6年間は何があったんだろうか? ジャンジャン!!