規律とは何か? | 耕作の、お咄出てこい!!/ドンドコドンドコ、さようなら♪

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趣味の作詞や創作話を中心にある時は深く、ある時はバカ話に興じて、楽しく自由にのんびりと文章を綴っていくブログです。

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朝の魚市場の楽しさは魚の匂い込みだと思っているから、昔から生臭いと言う言葉に馴染めないでいる。生き物を殺めて自らの血肉とする。この行為自体が本来生臭い行為なのだ。お上品ぶって、事実から目を反らす人間は信用出来ない。

 

僕は嫌なことを避け、自分だけお嬢様でいたがる女性より、頑張る女性が好きだ。

 

只、女性の心の中にはいつもレディーがいる。

雨に濡れて衣服を汚したくない、と言う思いを汲んでやれない男も又冷たく、寂しい。

 

本来、他人のために献身し、自分の心に相反することをするのはエネルギーがいることなのだ。

 

僕は正直な人の熱の無さが苦手だ。

作り笑いを鼻で笑う人間もいるが、作り笑いさえ出来ない人間が何を創造できると言うのか?

 

女にモテたいとか、お金を儲けたい、偉くなりたい。

皆、背伸びして無理をする事から始まっている。背伸びも出来ない人間は一生身の丈サイズで慎ましく生きていくのだろう。

 

人間が歩くと言う行為自体が重力に抵抗して初めて歩く事が出来るのだ。

 

甘やかされて育った人間程規律を軽んじ、厳しい態度を取られれば白けた態度で返す。

 

努力してきた人程挨拶も出来ない。しても返さない行為に憤慨する。

自分勝手な振る舞いをして、周りにそれが可愛いともてはやされていても、しっかりしていればいるほど内心そう言う人間を腹で笑っているものだ。

 

正直な人間が生み出すのは批評。批判。賛美。そしてヘイト。

背伸びして高い峰を目指す人間だけがこの世に愛や喜びを創造する事が出来うる。

 

幼さからの脱皮。

先ずそれには自然状態に逆らって、他人に用意された答えを疑い抜き、独自のビジョンに向かって理論と実践を繰り返すことが第一歩である。

科学の進歩は理論と実践による実証で既存の説を否定することで歩を進めてきた。

 

人一人の人生も同じことである。

進歩のために切り捨てた過去に価値がないのではない。

歩みを進めようと歩いてきた過程として一定の価値を置くべきだと私は思う。

 

簡単に価値がないからと切り捨てたり、面倒だからと重い腰を上げない事が人間の視野を狭め、歩みを後退させてしまう。

 

不満や違和感と言った負の要素は前へ進むために原動力になる。

 

不満や違和感を感じるから物事の解決のために創意工夫を積むことが出来る。

 

大人は子どもの創造性を養うために簡単に答えを用意するべきではない。

 

規律とはそのあとに「礼!」「着席!」が出来ること!

 

デタラメでも答えを自分で出そうとする人間が強いのである。

 

(200作目動画祝イラストシリーズ。発想の良さを度々褒められます。

前記事二本の音声化とゴンチチ「放課後の教室」の演奏。この緩さがウリです。)