『コンビニ人間何が悪い?』メッセージが胸を打った! | 耕作の、お咄出てこい!!/ドンドコドンドコ、さようなら♪

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趣味の作詞や創作話を中心にある時は深く、ある時はバカ話に興じて、楽しく自由にのんびりと文章を綴っていくブログです。

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昨日、いつもの私の勤務状況をチェックする方と面談して。

 

その中で創作について、話が移って。

とにかく僕のやってることは音楽ではない。

 

『僕もそう思います』『なんなんだろう、一言で言うと『変』なんだよ』

『確かに。僕の芸が気に入る人は僕にまともを期待しない』

 

『なんか聴いてると映像が浮かぶんだよ。だけどその映像もまともな映像じゃねえんだよ。で、直ぐ別の場面にワープしちゃう』

 

『なんか後味悪いんだよ。聴いた後嗚呼良かった、じゃねえんだよ』

 

『それは多分僕の頭が普段忙しいから。僕と付き合ってると疲れるって時々言われます』

 

『だろうなぁ』

 

『そう。だからオレが若い頃、地元にいた一般受けとは別の世界のアングラな世界で芝居やってた奴らのことを君の作品を聴いて思いだす。だから学校の先生が気に入る様なタイプではない』

 

『酒飲みながら聴くには楽しい作品だと思うんですよ』

『そうそう、少なくともフォーマルなスーツ着て聴くタイプの…じゃねえよな?』

『元々快楽主義と言うか、酒は今は呑まないんですけど、子供時代からチーズとかアボカドとかお前は酒飲みの好む様なもんばっかり好きな子供だったなぁ、と父に言われました』

 

『なんだか分からないけど、興味深い』

 

そんな話でオチも無く終わったのですが。

 

やってることが音楽じゃない、と言うことに関して。

 

若し、僕のやってることが音楽だとしたら、音楽の神様に申し訳ない。

唄を録音してる時にちょっとそう思う時があって。

 

若し、これが世に受け入れられたら、受け入れられずに、今のままだとしても自分が音楽を汚してしまうんじゃないか?汚しているんじゃないか?

 

ウーン、そう言う葛藤がちょっと出始めた。

段々制作に向き合っているうちに音楽の神様っているんじゃないか、と思いだしたんだな。

 

つまり長い歴史性の中で脈々と受け継がれて来た音楽。

そこにある一本柱と言うか。

 

それを一言で言うと『神』なのかなぁ、と。

 

面談の時にその人がタモリを好きかどうか?とか良く知っているかどうか?と躊躇して『自分のやってることはタモリの真似です』と言うことが言えずにいた。

 

アングラ芝居的な世界をメジャーの世界に持って来た芸人こそタモリであり、その方もタモリが若い時分にやっていたことは年齢的にもそれ也に知っている筈。

 

それなのに、僕のやってることが『こう言う芸がどこからきてるのか判らない。興味深い』言われたと言うことは僕の芸はタモリの真似じゃ無いのか?

 

否、影響は受けていたとしても、確かにソックリそのままコピーではない。

タモリさんに限らず色んな自分の好きな物を雑炊やカレーライスでも作る様に材料としてたっぷり注ぎ込んでいるけど、出来た料理はタモリでもあり、陽水でもあり、でもそのどれでもない。

 

そう言うことなんだろうな。

 

とんねるずのネタはとんねるずがやるから良いんであって、僕がそれに影響受けてもそれを生の侭コピーしようとは思わない。一ひねりすると言うか自分に腑に落ちる形で表現しようとする。その『腑に落ちる』と言う感覚が自分のオリジナリティであり、その『腑に落ちた形』で表現された物が自分のオリジナル作品、なのだろうと。

 

 

 

最近はキャロルを今更(笑)聴きまして!

ずっと、はっぴいえんどからナイアガラ系統で音楽を聴いて育って来たと自分では思ってるんですが、片面では男臭いルースターズ、ブルーハーツとか洋楽ではストーンズ、フーみたいなビートグループも好きだったので、その二線にもそれ也に接点はあるとは思いつつ、このキャロルを聴いてそれぞれの向いてる方向性についても違いが判る様になった気がします。

 

はっぴいえんどの音楽はどちらかと言う想像力=イマジネーション型の音楽。

それに対しキャロル系統の音楽は肉体性重視。

 

とにかくこのビートが直接肉体に響いてくる。

そう言う感覚。

 

永ちゃんからすればはっぴいえんどは違う世界だったと思う。

肉体労働者的な世界に対し、良い大学出てる様な知的な捻りのあるインテリの音楽。

 

僕もどっちかと言うと前者だけど、後者の表現に親しんで来たなぁ、と。

隅分けする必要は無いけど、このキャロル時代の永ちゃんの持ってるヤバい色気みたいのに痺れました!

 

又、相棒としてジョニー大倉さんの永ちゃんとは又違う個性の才能にも惹かれました。

 

永ちゃんもジョニーさんの才能を凄く認めてる感じが作品から伝わってきましたね!

 

『ミュージックマガジン』立ち読みしたら最先端のクリエイターの方向性が細野晴臣さん影響下に寄ってると指摘されていましたが、逆に思うのがそれとイコールではないけど、今は肉体性の希薄な表現が増えている気がする。これから、益々その傾向は強まっていく様な。時代かなぁ。

 

 

 

FMシアターで『コンビニ人間』オーディオドラマとして聴きましたよ。

18年コンビニ人間として生きて社会から変わり者扱いされる人間の物語。

 

それしか無いなら、それで胸を張って生きれば良いじゃないか。

そう言うメッセージに共感しました!

 

そもそもそれしか無いのに、それすら嫌だ。否、それだから自分はダメだ。

と言う人こそ読んで欲しい。

 

じゃあなんなら良いのだ?と。

他人とか世の中の物差しを基準にしてしまうからどうしても苦しんでしまうのだろう。

 

それは仕方ない面もあるが、そこで頑張れるかどうか?胸を張れるかどうか?

張れないにしても何も手も動かさず体も動かさずに腐っている人間は結局どの世界に行ってもおんなじ。自分だけでなく周りも腐らせていくだけ。

 

何かに寄っていないと気が済まない。所属していないと気が済まないと言う人間が迫害も生むし、そこで打たれて負けてしまう心も生む。

負けてたら、バカにしてる人と一緒だよね。

そう言う負の連帯感は辞めよーぜ!

 

パートで働いてて、逆に皆から弱気な態度が嫌がられることに関して、それは自分にとっていい処方箋だと思ってます!

 

皆、どんな立場だろうと頑張って生きてるんだ!

 

 

(ステージをやりました。その時の動画です)