通夜式~喪主代行挨拶文~ | ~最期は眠るように、穏やかに逝ってほしい~

~最期は眠るように、穏やかに逝ってほしい~

「最期は仕方ない」のではなく「老衰」「認知症」でも緩和ケアにより本人も家族も誰もが穏やかに過ごすことができ
楽に逝ける世の中になってほしいという思いを両親の介護・看取りを通じて綴ります

これから始まる通夜・葬儀告別式前に

 

子どもたちと

 

頑張ろうの乾杯w

 

 

 

通夜式の喪主代行挨拶文を載せています

 

施設名など、固有名詞は

言葉を変えて掲載しています

 

長いですが、どなたかの参考になることが

あるのであれば、幸いです

 

 

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ばあば(名前)の長女、○○でございます。
喪主、じいじ(名前)は病気療養中の為、代わりに一言ご挨拶を申し上げます
 
本日はお忙しいなか、母、のためにご参列いただき、ありがとうございました。
おかげをもちまして、つつがなく 通夜式を終えることが出来ました
 
生前はみなさまに大変お世話になりましたことを 
故人に代わりまして心より御礼申し上げます。
 
母は平成28年6月に体調不良にて
○○病院に入院し、以降、病院や介護施設にて療養中でございました
 
今年の4月から、かかりつけ医でもある
☆☆病院併設の施設を利用させていただきながら
楽しく穏やかな日々をすごしておりましたが
11月3日に急変し、小康状態ではありましたが
4日後の11月7日午後0時、
私や孫たち愛犬のアレン、主治医の先生
たくさんの施設の職員の皆様に囲まれ
眠りながら息を引き取りました。

享年87歳、死因は老衰でした。
 
 
☆☆病院の先生方をはじめ、施設の職員の皆様のおかげで
手厚い医療、手厚い介護を受けることができ
また、体調をみながら楽しいイベントにも参加させていただいていたこと、
母はとても喜んでおりました。
そして、施設で温かく、最高の看取りをしていただいた事
心より感謝申し上げます
 
 
また、35年前に現在の住所に引っ越しをして以来
町内の皆様にもひとかたならぬお世話になり本当にありがとうございました
 
 
母は昭和7年に広島で生まれ、14歳の時に被ばくし
食べ物もない中で被爆者の救護をしたり
勉強どころではなかったため
大人になっても「勉強できなかった」ことを引け目に感じたくないためか
新聞を見ては文字を書いていた姿が思い出されます
 
被爆者の母は私たちが言葉では言い表せない苦労をしてきたと思います
 
母はとても厳しい人でしたが、それは、自分が苦労をしたから
私たちには苦労をしないようにと教えたかったのではないかと
今になって感じている次第です
 
入院、入所をしていても
「家に帰りたい」と言うことが少なかったのも
私の手を煩わせてはいけないという気持ちと
53年連れ添った主人(じいじ)を家で見てやってほしいという
強い気持ちがあったようでした
 
私と最後に会話した内容も父を気遣い、心配している内容でした
 
なんだかんだと言いながら53年も連れ添い、父を支え
最後の最期まで父を最優先にしていた母を心から尊敬しています
 
そんな母に、もう我慢しなくていい、心配しないで
13年前に先に逝った息子と一緒に
ゆっくり休んでほしいと思っています
 
明日の葬儀は〇〇時より、こちらの葬儀会館にて執り行います
ご都合がよろしければ、ぜひご会葬ください
遅い時間になりましたので、お気をつけておかえりくださいませ
本日は誠にありがとうございました
 
 
 
 
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