★1950年 トヨペットSB患者輸送車 最初のトヨタ製救急車 ~ 自動車カタログ棚から 276 | ポルシェ356Aカレラ

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8月というと真っ先に思い出すのは、やはり1985年(昭和60年)の日航機墜落事故。
1985年8月12日(月)18時56分に羽田から伊丹へ向かっていた日本航空123便ボーイング747SR-100ジャンボジェットが群馬県多野郡上野村の高天原山の「御巣鷹の尾根」に墜落して乗客乗員524名中520名が亡くなった未曾有の航空機事故。当時私は25歳で既に社会人になっていたのですが、翌日からお盆休みだったこともあって事故を伝えるNHKテレビの終夜放送を見ていたことや、フォーカスやフライデーといった写真週刊誌に掲載された凄惨な地獄のような現場写真の数々に息を呑んだことが昨日のことのようです。あの夏の日からもう30年が経ったというのが信じられない思いです。30年前の日航機事故は御巣鷹山腹への墜落では消防・警察などの救急車などの緊急車両が入れないことは勿論、現場に辿り着くだけでもヘリで降りる以外は歩いて登る以外になかった訳ですから救助に当たった関係者の苦労は並大抵ではなかったことと思います。



救急車と言えば私自身が救急車で搬送されたのは、これまでの人生で2度あります。
1度目は30数年前、学生時代に事故に遭って搬送されました。意識が朦朧とした中で救急車の車種については確かな記憶はないのですが、数ヵ月後、搬送された病院を退院するときに初代ハイエースベースのトヨタ救急車が病院の前に止まっていたことをよく憶えているので、私はあの一世を風靡した初代ハイエースベースの救急車で搬送されたに違いないと思っています。
そして2度目は今年2015年2月6日です(詳細については
2月8日の記事参照>)。しかし、2回目も何と救急車の車種の確認は出来ませんでした。要するに自分が救急車で運ばれる程の状況下では幾らクルマ好きとはいえども救急車の車種の確認をすることはなかなか難しいのです。3回目に救急車に乗るのは、もしかすると私が死ぬ時になるのかもしれませんので、その時には人間界を離れたあの世から下界の救急車の車種など簡単に確認出来るのかもしれません?「ワシが死ぬ前に最後に乗ったクルマはあのハイエースの救急車だったんじゃな」などと。
世の中には体に異変があるとすぐに救急車を呼んで、救急車にウン十回乗ったなんて人もいるという話を聞きますが、病院へ行きたくとも自力歩行出来ず、自家用車(マイカー)やタクシーなどでの移動も困難という状況の場合には119番通報で救急搬送を依頼するのが一番だろうと思います。



閑話休題
今回は自動車カタログ棚シリーズの第276回記事としてトヨタの戦後の救急車をピックアップします。1950年代のダットサン救急車を中心にアップした2012年7月4日の
第16回記事で少しだけトヨタ製救急車のカタログもアップしてありますが、今回はその際のカタログの再録も含めたトヨタ製救急車の特集です。



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★日本の救急車
日本における救急車というのは、パトカーや消防車と同じ緊急自動車の一つであり、車内に傷病者を収容し応急処置を行いながら緊急走行にて医療機関まで搬送する車両である。消防法上の正式名称は「救急自動車」という。


★日本の救急車の歴史
日本の救急車の始まりは、1931年(昭和6年)に日本赤十字社大阪支部に配備された車両と言われる。その後、1933年(昭和8年)3月に神奈川県警察部(現在の神奈川県警)に属する横浜市山下町消防署(当時、消防は警察組織の一部だった)に配備されたのが消防機関においての初めての導入と言われる。車両そのものについての記録は少ないが、戦前の救急車は国内組立てのフォード・シボレーをベースに架装された車両が大半との情報がある。
時代は下り、戦後、1963年(昭和38年)に消防法が改正され、各自治体消防が救急業務を行うように義務化されたことで、一気に救急車の普及が進んだ。
救急車というと、誰しも「ピーポーピーポー」の電子サイレン音を連想するが、これは1970年(昭和45年)に導入が始まった。それ以前の救急車が発した音は、パトカーや消防車と同じ「ウ~~ウ~~」である。
現在の日本の救急車は、大別して消防本部と一部の消防団が保有するもの、病院等医療機関が保有するもの、自衛隊が保有するもの、一部大企業の工場やテーマパークといった民間施設が保有しているものがある。この中で119番通報によって出動するのは消防が保有する救急車のみである。


【主要スペック】 1950年 トヨペットSB患者輸送車 (1950 Toyopet ambulance)
全長4300㎜・全幅1590㎜・全高1850㎜・WB2413㎜・FR・S型水冷直列4気筒サイドバルブ995cc・最高出力27ps/4000rpm・最大トルク5.9km/2400rpm・変速機4速MT・最小回転半径5200㎜・乗車定員:傷病患者含め5名




●1950年? トヨペット患者輸送車 専用カタログ (縦18×横17cm・1.5折4面)
発行年月およびカタログナンバーの印字なし。戦前のトラックシャシーに架装したトヨタ製救急車は恐らく存在せず、この戦後のSBライトバンベースあたりがトヨタ製救急車の最初と思われる。但し、まだ救急車という言葉は使われず「患者輸送車」と謳われている。
50(1)表紙

【中面から】
室内
50(2)室内

特徴
50(3)特徴

室内(その2)
50(4)室内2

患者を含めて5名乗車
50(5)患者含め5人乗り

スペック
50(6)スペック




●1953年? トヨペット患者輸送車/トヨタ診療車 専用リーフレット (B5判・表裏1枚)
発行年月およびカタログナンバーの印字なし。患者輸送車はトヨペットRKステーションワゴン・ベースのAボディとRKシャシーを使ったキャブオーバータイプのBボディの2種。診療車は巡回診療用車両でWB4mのトヨタBXトラックシャシーに架装されたBボディとWB4370mmのキャブオーバー型Aボディの2種。このカタログでも救急車の言葉は使われていない。
53(1)患者輸送車サイド

【中面から】
内部およびRKワゴンベース救急車の図面
53(2)内部&図面

患者の他に3、4名が乗車可能と記載
53(3)患者の他に3.4名

診療車
53(4)診療車サイド

キャブオーバー診療車および図面
53(5)キャブオーバー診療車図面

大型車BXベースのボンネット型診療車
53(6)BXベースBボディ




●1974年 トヨタ救急車総合カタログ (A4判・4つ折8面)
トヨタ自動車販売(株)直納部発行。掲載車種はハイエース・コミューターベースの本格的救急車「RH18V型」、ハイエースバン/ワゴンをベースとした「ハイエース型救急車RH11V-E型」、後期型くじらクラウンバン後期型ベースの「クラウンバン型救急車MS66V-Y型」の3種。ボディ架装会社として、相模原市のセントラル自動車と横浜港北区のトヨペット綱島工場が掲載されている。カタログに掲載された写真は全てセントラル自動車が架装した車両。カタログの表紙がエッフェル塔の写真というのは意味不明でいただけない。
74(1)表紙

【中面から】
RH18V型
74(2)18 V写真

74(3)18V詳細

74(4)18V詳細アップ

ハイエース型
74(5)ハイエース型写真

74(6)ハイエース型詳細

ハイエース型はRH18V型より全長が830mm短い。
74(7)ハイエース型830短い

ハイエース型のエンジンおよびリアゲート
74(8)ハイエース型エンジン&リアゲート

くじらクラウンバン型救急車
74(9)クラウンバン写真

74(10)クラウンバン詳細

74(11)クラウンバン移動ベット他

74(12)4L水タンク他

各車スペック一覧
74(13)スペック




●2015年1月 トヨタ救急車 専用カタログ (A4判・20頁)
これは最新のトヨタ製救急車のカタログ。ハイエースベースながら専用設計された車両。掲載車種は通常の救急車と専用装備の充実したハイメディック(高規格準拠)救急車の2種。パトカーのように絶望的に入手困難ではないにしても、救急車も街のディーラーでの入手が難しいカタログの一つ。
2015(1)表紙

【中頁から】
2015(2)中前後

現代の救急車の内部
2015(3)現代の内部





★オマケ(その1): 英ディンキー253番 1/43スケール ダイムラー・アンビュランス
全長9.5cm。ダイキャスト製。1963年頃までディンキーのカタログに掲載されていたロングセラーモデルで日本にも正規輸入されたため、国内にも割合残っているミニカーです。初版はボディカラーが白ではなくベージュで日本に正規に輸入されたのは白だけの模様。今回のメインである1950年代のトヨペットSBやRKのミニカーは存在しないので、ほぼ同時代と思われプロポーションも似た救急車のミニカーとして掲載します。ズッシリと重く素朴ながらも魅力溢れるミニカーです。箱に「WITH WINDOWS」(窓付き)とわざわざ印字されているのは、窓ガラスもないミニカーが一般的だった時代を示しています。
ディンキー(1)

ディンキー(2)

ディンキー(3)



★オマケ(その2): トミカダンディ12番 1/52スケール トヨタRH18V救急車
全長9.7cm。ダイキャスト製。当時定価650円。1972年10月発売。トミーからはトミカ57-1でも同モデルがリリースされています。その他、この初代ハイエースベースの救急車のミニチュアモデルはダイヤペットやプラ製のトイ・モデルなど当時多数ありました。
ダンディ(1)

ダンディ(2)

ダンディ(3)



★オマケ(その3): ダイヤペット296番 1/40スケール 1971年クラウンバン救急車
全長12cm。ダイキャスト製。1972年3月発売。当時定価600円。ダイヤペットのクジラバンのミニカーは250番でノーマルが出たあと、郵便車、パトカー、東京ガスサービスカー、交通取締車、そしてこの救急車と同金型流用で怒涛のようにバリエーションがリリースされています。救急車はルーフのアンテナ付でサイドラインがシールのものが1st、アンテナなしでサイドラインが塗装のものが2ndモデル。画像の1stモデルは久々にダンボール箱から出して確認したところ新品時からドアの消防署シールが欠落したエラー品だったようです。米澤玩具はクジラクラウンが余程気に入ったのか、ダイヤペットシリーズでバン以外にHTを大中小の3サイズ、セダンを1/40でリリースし、セダンだけは1973年のMC後のモデルも造られています。クジラワゴン(カスタム)は間もなくトミカリミテッドヴィンテージでも発売されるようです。
ダイヤペット(1)

ダイヤペット(2)

ダイヤペット(3)



★オマケ(その4): 萬代屋(現バンダイ)855番 1/16.5スケール VWタイプ2救急車
全長25cm。ブリキ製。1960年発売。私が幼少時に初めて遊んだ思い出の救急車モデル。萬代屋「世界の自動車を集めましょう」シリーズの1台で布貼りのリアルな担架が付属するなど出来が良いモデルカーです。
バンダイ(1)
バンダイ(2)
バンダイ(3)



★オマケ(その5): 1962年? ニュース映画「白い服」
浜松市広報課制作のニュース動画。登場する救急車は珍しい初代ニッサンジュニア・ライトバンをベースとした車両。日野コンテッサ900のタクシーが登場し、自動車教習所の教習車は初代クラウン観音開き後期、セドリックは初代縦目ばかりが登場することから1962年頃の制作と推定されます。自動車が沢山写されており、古い国産車に興味がある人は必見の映像。




★オマケ(その6): 1971年 日活映画「八月の濡れた砂」予告編
8月ということで最後のオマケ。1:00位にハコスカHTが登場します。44年前の映画ですので、当時20代だった出演者は現在では60代半ばから70代前半になられていると思います。





※救急車の記事としては第16回記事以外にセドリックバン救急車を第158回記事でアップしていますのでご参照ください。

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