★ポルシェのルーツ ~1939年 ポルシェ タイプ64 の謎 | ポルシェ356Aカレラ

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●20世紀に生産された乗用車の中から、世界32ヶ国、約130名の選考委員により選出されたカー・オブ・ザ・センチュリーのベスト5は以下の通り。
第1位: T型フォード(1908~1927年)
第2位: ミニ(1959~2000年)
第3位: シトロエンDS(1955~1975年)
第4位: フォルクスワーゲン・ビートル(1938~2003年)
第5位: ポルシェ911(1963~現在:厳密には993までの空冷時代)

ベスト5に共通している点は、どのクルマも生産期間が異例に長いこと。
フォルクスワーゲン・ビートルに至っては65年間も生産されている。
ワーゲン・ビートルは言うまでもなく、フェルディナント・ポルシェがナチスドイツ時代に設計・開発した大衆車で、ポルシェ911と合わせてベスト5中の2台までがポルシェによるクルマだとも言える。
ちなみに今や世界で重要なポジションにある日本車については、フェアレディZ、マツダRX-7、マツダロードスター、ホンダNSX等がベスト100位以内に入ったもののベスト25に絞られた時点で全車が選考から外れた。

●そのポルシェの第1号車は、幾多あるどの歴史書をみても、またポルシェ自身の公式アナウンスも1948年9月にフェルディナント・ポルシェ(Ferdinand Porsche;1875年9月3日-1951年1月30日)の息子であるフェリー・ポルシェ(Ferdinand Anton Ernst Porsche;1909年9月19日-1998年3月27日)によって製造されたオープン・ボディのポルシェ356.001(Nr.1)ということにされている。
1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ356第1号車

●ところが、このポルシェ356の1号車はミッドシップ・エンジンであり後の356とは大きく設計が異なる。
むしろポルシェ356の本当のルーツと言えるのは、第二次世界大戦前夜の1939年~1940年に3台のみが生産されたポルシェ・タイプ64だと言うのが正しいようだ。

●新車時のポルシェ・タイプ64公式写真(1939~1940年)
$1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ64完成時写真オリジナルシルバー
$1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ64完成時写真4枚組リアアングル入り
$1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ64完成時写真3枚組

●タイプ64がポルシェの本当のルーツと言える理由は、誰が見ても356クーペと近似したデザイン、ボディデザインが356と同じポルシェ設計事務所のチーフデザイナーのエルヴィン・コメンダによるものであること、356同様リアにマウントされたVWエンジン・レイアウト、フロントに付けられたPORSCHEのロゴ・マーク(これは後年オーナーによって付けられたものと思われていたが、生産時にポルシェが付けたことが判明)等、色々とある。

●ポルシェ・タイプ64設計図
(上の図面の右下に356・1号車より丸10年前の1938年の記入がある)
【スペック】1131cc空冷フラット4/OHVエンジン/40ps/車両重量585Kg/アルミボディ/最高速140Km
$1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ64図面1938年記載有
$1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ64図面2枚オリジナル

●ポルシェ・タイプ64は米・英・仏に敵対していた枢軸国であるドイツ・イタリアが国威発揚のプロパガンダとして企画したベルリン~ローマ間1500Kmを走るレースに参戦するために生産されたが、1939年、ヒトラーがポーランドを進攻した影響でレースは中止となった。
この64をポルシェが自らのルーツとは認めてこなかった理由は、恐らく極めて政治的な理由によるようだ。国威発揚のためのレース参戦のためにナチス政府の援助を受けて生産されたポルシェ64は、忌まわしいナチスドイツとポルシェの縁が濃いクルマであるためにポルシェはあえてこのクルマを封印し自らの歴史から消し去ることにした。
現にフェルディナント・ポルシェは戦争犯罪者として戦後監禁され、ナチスドイツとの忌まわしい過去を清算することは戦後のポルシェにとっての最重要課題だった。
日本でも昭和一桁位の年代の人の中には、今でもゼロ戦と同じ三菱マークの付いた三菱のクルマは買わないと言われる方がいることを考えると、ある年代以上の人にとって第二次世界大戦は未だ決して忘れ去ることの出来ない忌まわしい過去なのだ。

●現存するポルシェ・タイプ64
3台のみ生産されたポルシェ64は、2台までが終戦前に廃車となって消滅し、現存するのは1台のみである。
その1台は長くオーストリアのオットー・マテ氏の元にあり、1981年にマテ氏はポルシェ本社にタイプ64持って行ったがポルシェは買い戻すことを拒否した。オットー・マテは1995年に亡くなり、現在64は別のポルシェ・エンスージャストの手元にある。
極く近年になってポルシェ・ミュージアムに64が初展示された。しかし、何とそれは唯一現存する1台ではなく、残された図面を元に造られたワンオフのレプリカなのである。トヨタ博物館が第一号車であるAA型のレプリカを展示しているように。
ナチスドイツ時代の終焉から既に67年の時が経過し、ポルシェとしてもタイプ64は今尚ナチスドイツとの忌まわしき清算すべき過去の問題があるとしても、将来に渡って自らの歴史から封印し続けることは出来ない極めて重要なクルマとして認識するようになったということのようだ。
恐らく将来は唯一現存する本物のタイプ64がポルシェ・ミュージアムに展示される日が来ることだろう。

●現存1台だけのポルシェ・タイプ64はミニカーでしか入手は不可能(1/43と1/87スケール)
$1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ64ミニカー2種(1)真横
$1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ64ミニカー2種(2)斜め前向き
$1959PORSCHE356Aのブログ-ポルシェ64ミニカー2種(4)斜め後ろ向きアングル