「俺に相手してほしかったら、もっと女を磨くんだな。」




キョーコはノックをしようとしていたその手を止めた。
一瞬にして身体が氷のように硬直し、あの時の言葉が甦る。


『…何もしないよ、君には。』


あぁ、やっぱりそうなんだ。
この人は。
大人の女としての魅力に欠ける女性には興味がないんだ。


そう思い返しながら、叩くことも下げることも出来なくなった自身の拳を見つめていたキョーコは、部屋の中の来客がこの扉に向かう音を聞き取って、思わず扉の陰になる方へと身を潜めた。


「……失礼しました。」


そう告げて、足早に出ていった女性はジーンズにトレーナー、腰に黒いポーチを下げている様子から、恐らく表舞台に立つ方ではなくそれを支える裏方さん。


そっか、さすが敦賀さんね。
女優さん達からだけでなく、裏方スタッフさんにまで…。
でも、残念だけれど敦賀さんのタイプじゃないってことなのね…。


キョーコはまるで自分が振られたかのような気持ちになり、結局通りかかった先輩俳優の楽屋に挨拶することもなくその場を立ち去った。


そして少し前から一人暮らしを始めた小さなマンションに帰り着いたキョーコは、部屋着に着替えながら姿見を見ていた。


多少は女性としての肉付きもよくなり、いい意味で丸みを帯びてはきたものの、まだまだ大人の魅力には欠ける身体をあらゆる角度から見る。


「やっぱりだめね。
いつまでもこんなお子様体型では……。」


身体を大きく捻って鏡を見ながらため息を吐いた。


キョーコは着替え終わると、最近ようやく使い慣れてきたノートパソコンを開いた。


カタカタ…と調べ始めたのはーーー


『女の磨き方』


思えば、君には何もしないと、まだ子どもである自分には決して手は出さないとそう言われたのはもう3年も前のこと。


あれから自分は女を磨いてきただろうか…?

たとえ体型は変えられなくても、何か努力できることがあったのではないか…?

自分は3年もの間、何をしていたのか…。


キョーコは自分は蓮の恋愛対象外だからと決めつけ、女を磨く努力さえ何もして来なかったことにようやく気がついた。

そして、元来の勉強熱心な特技を活かして調べ上げた。
"女磨き" と一口に言っても色々な方法があり、その中には普段の些細な心掛けだったり、決して時間とお金をかければいいというものではないことを知ることとなる。


それからというもの、自分でマッサージをしたり、普段からメイクをするよう心がけたり、着るものにも変化が感じられるようになってきたキョーコ。

ゆったりとリラックスできる時間を設けたり、読書など趣味の時間を持つようにもなってきた。



それから数日後ーーー



お正月特番のクイズ番組の収録に呼ばれたのは、同じくお正月の特別ドラマを撮り終えたばかりのBOX"R" の主要メンバー達。

連ドラ当時は高校生だった共演者達も、キョーコと同じく成人を迎え、女子大生やOLへと転身した仲間たちの "今" を描いた特別ドラマだ。
その番宣を兼ねて出演するこの新春特番。


BOX"R" メンバー5人で一組のチームを作り、レギュラーメンバーチームや、他の番宣チームと競い合うクイズ番組は、普段から人気の番組だ。

キョーコ達5人は新春特番に相応しい艶やかな晴れ着姿で参戦する。

実際にも女子大生と女優業を掛け持ちするBOX"R" チームは、その頭の柔らかさと若人ならではの流行りものに対する知識の多さなどから、見事他のチームを蹴落としてトップへと躍り出た。
あとは最終問題をクリアすれば、番組の告知権と豪華賞品が手に入る。

成人式も近い時期であることから、派手な着物姿でトロッコに見立てた箱に乗り込んだ5人は、代わる代わる問題を解いていき、ついにはラスボスの登場に。

毎回特番では凝った演出がなされると有名なラスボス問題。
ここ最近の傾向では、女性チームの場合には人気俳優がラスボスとしてモニターに映し出され、見事正解するとご褒美の演出があり、それが視聴者に大変受けがいいという。


3人目の挑戦者であるツグミ役の須藤が気合いを入れて解答者スペースでラスボスの登場を待ち構える。

大きなモニターに映し出された今回のラスボスはーーー


「「「キャーーーーッッ!!蓮ーーーっ!!」」」


画面には正月らしい袴姿で、椅子に凭れかかりバニーガールを膝に抱く蓮の姿。

蓮のファンであるツグミ役の須藤も興奮を隠せない様子だ。


(敦賀さん……)


会場内が沸き立つ中、一人だけ浮かない表情でモニターを見つめるのは女優京子。
キョーコはあの日、蓮の楽屋を訪ねるのを諦めてから、お互い年末年始の特番の撮りなどで忙しく、一度も蓮と顔を合わせてはいなかった。


最終問題のお題は、『美容と作法』

得意分野の美容に自信満々で挑んだ須藤だったが、惜しくも不正解を出してしまう。
すると、モニターの中の蓮が


「俺に相手してほしかったら、もっと女を磨くんだな。」


と高慢な態度で冷たく言い放ち、膝に乗せたバニーガールを抱き寄せた。


「「「キャーーーーッッ!!!」」」


悲鳴に近い歓声が会場内を埋め尽くす。


(え……今のセリフって………)


聞き覚えのあるセリフに、思わず目を大きく見開いたキョーコ。

そして、解答者は4人目のカオリ役の萩野へと交代する。


博識の萩野は仲間の仇敵と言わんばかりの意気込みでクイズに挑んだ。

しかし、萩野も不正解となってしまい……


「俺に相手してほしかったら、もっと女を磨くんだな。」


同じセリフで、今度はバニーガールをなで回す蓮。
バニーガールの方も、蓮の襟元へ手をかけて軽く肌蹴させる。


先程よりも更に大きな悲鳴が響き渡り、ついには最終解答者のキョーコが立つ。
キョーコの振り袖は、当時の役どころと同じく衿を詰めずに大きく開けた胸元にはトレードマークのプリンセスローザが煌めいていて、また脚には深めのスリットの入った、着物の概念を根底から覆す今時の着こなしだ。

モニターを見つめるキョーコの目は、既に役を憑けていた。
恐らく会場の誰しもが気づいてはいないだろうが、二人にだけ分かる一瞬の妙な間。
まるで蛇とマングースが睨み合うかのようなその間合いは、司会者の合図によって戦いの火蓋が切られた。


ここ数日、キョーコなりに勉強を重ねていた事案と奇しくも一致した内容であったその最終問題は、あっさりと解を出されることとなる。


大きな拍手に包まれると、いよいよ見所のご褒美シーン。

プシューー!!っと左右から煙が放たれ、モニター画面がスライドすると、中から現れたのはモニター内と同じ姿でバニーガールを抱きながら座る蓮の姿。

司会者の言葉では、今回のご褒美はこの抱かれたい男ナンバーワンがついに殿堂入りとなった敦賀蓮とのハグだと言う。


羨望を含んだ歓声と悲鳴をバックに、ゆっくりと蓮に近づいてゆくキョーコ。
するとスッとバニーガールがその場を離れる。
代わりにキョーコが同じように蓮の膝に乗り、両手を首の後ろに回すと、躊躇うことなくぎゅっとしがみついた。

まるでしばらく会えなかった恋人にやっと会えたかのような抱擁に、一瞬会場内の皆が目を奪われたその時ーーー

いきなり噛み付かんとする勢いで蓮の首筋に唇を寄せたキョーコに、再び悲鳴が沸き起こる。
ぎゅっと音が鳴りそうなほど吸い上げしっかりとその首筋に痕を残したキョーコ、いやナツはにっこりと微笑むと、


「この日のために女を磨いたわ。
これで、貴方は私の獲物(モノ)ーーー」


と、特別ドラマの予告にも使われているナツの決め台詞を上手く掛け合わせたキョーコは、勝ち誇ったようにカメラへと視線を向けた。

決まったーーー!

という雰囲気の中、司会者が次へと運ぼうとしたその時ーーー


グイッとキョーコを抱き寄せた蓮は、キョーコの大きく開いた胸元に勢いよく顔を近づけた。

蓮の思わぬ反撃に司会者が慌てる中、キョーコは冷静に蓮の唇を人差し指一本で制止する。


「それはあとでのお・た・の・し・み♡」


大人になり更に妖艶になったナツスマイルで交わしたキョーコは、ひらりと蓮の膝から降りた。


見事番組の告知権もゲットしたキョーコ達は、5人全員でしっかりと特別ドラマをアピールし、収録は終わりを迎えた。



自身の楽屋へと戻ってきたキョーコ。
収録後、挨拶回りをしている内に見失ってしまったが為に、無礼を未だに謝罪できていない先輩俳優のことを気にかけながらノブを回す。

パタン……と扉の閉まる音に続いて、カチャリ……と身に覚えのない音が聞こえたことで驚き振り返ると、そこに佇んでいたのは謝罪すべき先輩俳優。


「すみませんでしたぁっっ!!」


と滑り込むように駆け寄ると、勢い余ってキョーコから蓮を壁ドンする形に。


「私ったら一度ならず二度までもっ、大先輩であり大俳優の、モデルもなされる敦賀さんに対してこんなっっ……!!」


セツのときのように歯形とまではいかなくとも、かなりキツく痕を付けた自覚のあったキョーコは、その痕を見ると青ざめ言葉を失った。


「……やっぱり……」


ようやく口を開いた蓮。
キョーコはどんな罵声も罰をも受け入れる体勢で身構えた。


「受けて正解だった……この仕事。」


「……へ?」


予想した返しと違う言葉に、理解が追い付かないキョーコ。


「君は、役さえ憑けていれば、誰に対してもあんなことを……?」


くるりと身を翻すと、今度は蓮がキョーコを壁に押し付ける。


「え?……っと、いや、その……」


目を泳がせて口ごもるキョーコの胸元で光るプリンセスローザを、蓮はそっと手のひらに掬い上げると、


「後でのお楽しみ……だったよね?」


チュッとプリンセスローザにリップ音を放ち、ニィッと口角を上げた。

そして衿元へ指先を差し入れ押し広げると、キョーコの華奢な肩が露になった。


「・・・・・。」


「抵抗…しないの?最上さん…」


「・・・・・。」


俯き黙りこくってしまったキョーコの反応が気になり蓮が覗き込む。


「最上さん?
前にも言ったよね?無言は肯定とーーー」


「ーーーてきたんです……」


「え?」


「磨いてきたんです……私なりに……。

ナツとしての私なら、相手…してくれますか?」


顔を上げて蓮の目を真っ直ぐ見つめたキョーコ。


「……な……」


「ねぇ?敦賀サン…… 続きは……?
楽しいコト……しましょ?」


キョーコは自身で付けた蓮の首筋の痕を指先でなぞりながら再び唇を寄せようとしたが……


「待って。」


蓮の一言でキョーコの表情が一瞬にして曇る。


「……やっぱり……ダメなんですね、私では……

どれだけ女を磨いてこようと所詮ーーー」


「そうじゃなくて!」


声を荒げた蓮に驚くキョーコ。


「俺はナツとしての君じゃなくて、そのままの最上さんの相手をしたい……。」


「え……

でもーーー」


「何をどう勘違いしてるのか分からないけど……

俺が相手をしたいと思う女性は他にいないよ?最上さん、君以外。
 それももう何年もずっと。君と出会ってそんなに経っていない頃から……

君は?どうして俺に相手して欲しいと思ったの?

期待しちゃうんだけど……」


「ーーーーー結構です……」


「え……」


「期待していただいて結構ですーーー!!」


キョーコは蓮の胸に飛び込んだ。


「私も……敦賀さん以外にはやりません!
たとえ役を憑けていようとも。
それがナツであってもセツであっても……相手が敦賀さんじゃなかったら、あっ…あんなこと……っ///」


蓮の胸に顔を押し付け、恥ずかしさを押し殺しながら伝えたキョーコ。


「クスッ。

それなら良かったーーー」




この時の二人はまだ知らなかった……
扉の向こうで、通りかかる人や訪れようとする来客の対応をしていた、敏腕マネージャーがいたことをーーー





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この三連休くらいまではお正月でいいですかね?|д゚)チラッ

今回のお話は、最近お互いのコメント欄などで仲良くしてもらってます、某様が呟かれていたテーマを拝借させていただきましたっ(*`・ω・)ゞ
でもこんな生ぬるい感じになっちゃってごめんなさいー(  ;∀;)

オチ迷子になり、いろいろ画策した結果、やっしぃに頼るという……(*ノωノ)

それから、、、もしかしたらコレ我が家だと新年早々雷が落ちるかも・・?
落ちたら別館に泣く泣く収納しますので笑ってください(* ̄∇ ̄)ノ
でもホントはもっとぇろくしたかったんだけど、、書いてる途中で、コレ落ちるな・・と思ったらあんまり出来なかったo(T□T)o

あ、ちなみに先のご挨拶記事で皆さんに笑って頂きました『あ○ぎ声問題』wwですが、何とか解決策が見つかりました(〃艸〃)

なので今年はまた色々書いていきたいと思いまーす(///∇///)ノ