下関にとうちゃこ。

ここから九州に突入しますよぅ。

小倉行き。

こちらは山陰本線。

門司は山陽線の終着駅、幡生は山陰線との分岐駅。九州方面、山陽方面、山陰方面の列車が一堂に会する駅、それが下関駅である。下関駅での思い出と言えばやっぱムーンライト九州での旅ですな。夜・・・つーか早朝だな。関西方面からやってきたムーンライト九州は下関で機関車交換のため暫し停車する。その間にあれを買うんですよ。あれ???そうですよ、あれ。ふくめしですよふくめし。ふぐの顔をした容器のあの弁当。下関での機関車交換の時の風物詩だったなぁ。機関車交換を見届けた後、ホームで売ってるふくめしを購入し朝飯とする。あの頃は幸せだったなぁ・・・。今はもうなくなっちゃった。下関駅弁さんが廃業しちゃったからね・・・。今はもう駅弁の売れない時代ですよ。列車の窓は開かないし停車時間は短いし夜行列車もなくなったし。なにより今はいたるところにコンビニがあるからね。安いしそこそこうまいし種類も豊富だし。コンビニ弁当と比べたらどうしても駅弁は高くなる。でもそれにはいろいろ事情もあるんだけど、長くなるのでそれは次回の講釈で。

さぁ九州に向けて出発ですよぅ。

何年振りだ???13年振りか?宮之浦岳に行った時以来?いやそのあと祖母山行ったか・・・。とにかく10年以上ぶりだ。

関門トンネルに突入。このトンネルがあるから下関で機関車交換してたのよね。機関車交換・・・。僕の中で2大機関車交換地と言えば下関と函館。どちらも関門トンネル・青函トンネルといった海底トンネル越えを控えている。本州と九州、本州と北海道と地理的にも関所って感じで非常に旅情を掻き立てる。

国境の長いトンネルを抜けると雪国・・・じゃなくて九州だった。

門司にとぉ~ちゃこ。神戸から山陽本線乗り通したぜ・・・と思ったけどよく考えたら三原から呉線乗っちゃってたわ。

いやはや久しぶりの九州だ。そして列車は

終点の小倉にとうちゃこ。北九州の中心ですよぅ。

列車は下関行きとなり折り返す。

僕が乗り換えるのは

日田彦山線。

階段を下って現れるのは

キハ47形?なんか後から調べたら147形ってのもあるようで。これがどうだったのかは不明。

いやいや政令指定都市の中心駅でキハ40系が見れるところなんて広島と小倉くらいなもんですよ。札沼線は電化しちゃったしね。

北九州・・・昔めちゃくちゃ好きだったのよ。初めて来たのは高1の夏。友達と18きっぷで。山口や小郡まではちょくちょく行ってたけど小郡より東には行ったことがなかった。でね、びっくりした。広島よりも西に広島よりも都会な街があるなんて想像もしていなかったから。つーか福岡がどんなところとか知らんかった。

モノレールとか走ってるし(当時はJRの駅に乗り入れておらずちょっと離れたところにモノレールの駅があった)駅前めちゃくちゃにぎやかだし。泊まったホテルのパンフレット読んだら北九州市の紹介が書いてあってその中に「黒崎副都心」とか書いてあるし。「副都心???」その当時副都心と言えば新宿副都心って感じだったんだがここには副都心もあるのかと。すげーな北九州って。黒崎にはそごうもあって筑豊電鉄もあって尻切れトンボみたいな形だったけど西鉄の北九州線もあって。元々門司・小倉・戸畑・八幡・若松の5市が合併して誕生した街だからどこに行ってもそれなりに市街地で。折尾では鹿児島線と筑豊線が立体交差してて広島より鉄道網も発達してて唖然くらってしまった。ひとしきりびっくらこいた翌朝は早起きして快速(ホームライナー・・・だったと思う)で博多へ。乗車整理券(ライナー券)がいるというのでどんな車両なのかと思ったら特急車両でこれまたびっくり。小倉から折尾までずっと市街地が続いてる感じで(当時はそう感じただけかもしれん)「いや~都会ですな~」って思ってる間に博多に着いて降りてみたらこれまたびっくり。「ち、地下鉄があるじゃないか~!!!」 当時地下鉄なんて東京とか大阪にしかないもんだと思ってたから「こ、こんなところに地下鉄が・・・!」と腰を抜かした。で、広島でいう紙屋町的ポジションらしき天神に向かってまたまたおったまげる。「な、なんじゃこりゃ~!!!」広島より全然都会だしさらに、名前だけは知ってましたけど西鉄の福岡駅もあって「うわぁ~福岡すげー!」と。大体一つの県に政令指定都市が2個あるなんてこりゃただ事じゃないわいってほんとびっくりした。今は情報化社会だから行く前にいろいろ調べるかもしれんが、当時の僕はただ「スペースワールドに行く!」という目的だけで他にはなーんにも予備知識を持たずに行ったからこんなことになった。今じゃ東京にも名古屋にも大阪・・・には住んでいないけど30分ほどで梅田まで行けるとこに家を構えて、少々のことではなんとも思わんようになったけど、当時はめちゃくちゃ新鮮だったなぁ。ちなみに福岡にびっくらこいた僕だったけど博多よりも小倉・・・というか北九州の方が好きだった。街から煙突がにょきにょき見える工業都市が持つ独特の武骨な感じとか街全体から昭和の匂いをぷんぷん感じることができたところとか、そういうところで北九の方が好きだった。博多よりもなんか懐かしい感じがしたのよね。よくわからんけど。

そんな感じで日田彦山線旅が始まる。   続く

 

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