借金の苦しみ

「兄さん、死んでくれてありがとう」

この衝撃的タイトル

10年以上前に見たドラマのタイトル


「なかにし礼」さんという大ヒット曲を沢山書かれている作詞家

(とても紳士的なカッコイイ感じのルックスの方です)

の自伝的小説

「兄弟」を元にしたドラマでした。


兄役をビートたけし

弟(なかにし礼)役を豊川悦司


内容は、兄のたび重なる借金を兄さんが亡くなるまでの間


自分が苦しみながらもずっと返済しつづけた、なかにし礼さんが


お兄さんが亡くなられたときに


「兄さん、死んでくれて本当にありがとう」と言われる(叫びだったかも)


そんな衝撃的な内容でした。


そう思ってしまうくらい受け続けた苦しみ・・・



このドラマを見たときに


もしかすると私も父が亡くなった時に


悲しいかなそう思ってしまうかもしれない・・・


そう思いました・・・


それほどまでに父の起こす事柄に苦しみ続けていました


自分の起こした問題なら、まだしも


家族とはいえ、人の起こした問題の尻ぬぐいをしたり


悩まなければいけない苦痛の大きさ


私にとって、このドラマは、とても深い内容で、本当に衝撃的でした。


なかにし礼さんに比べたら、まだ軽い方では、ありましたが・・・



今は、本当に奇跡的というかのごとく


平和になったので本当によかったですが・・・・

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今日は、また過去の話に戻ります


社会人になってから、定期的に実家にお金を送っていた私。


何の疑問もなく、そうすることが当然だと思っていた。


ある時、まとめて10万円を送った。


何も言わなくても当然、借金返済に充ててくれるだろと思っていた。


でも父は、なんとすぐに10万円のテーブルを買ったらしい・・・


実家にいた弟に「そんな使い方してるから、もうお金送らなくていい」と言われた


私も、そんなものに使われるなら送る必要がないと思った。


そして飲み代にもなっていたから・・・


周りの人に「実家にお金送ってるなんて信じられない」と言われるようになった


自分の中で、少しずつ「そうなのかな?」と思いはじめた。


でも、お金を送らないと「見捨てる」みたいで


むしろ、その方が辛くて、完全に辞めることが、どうしてもできなかった。



ある時


「ボランティアは自己満足である場合がある」ということを聞いた


発展途上国にお金を送るよりも、その人達が自活できるような技術を教えたりした方がいい


という内容だった


それは、自分が実家にお金を送っていることと重なった


お金を送っても実家の状況は何もよくなっていない


むしろ、どんどん子供に頼る気持ちがエスカレートしてきている


父は働かなくなったりしたこともあり


お金を送ることは本当にいいことなのか?


自分達の力で何とかしてくださいという態度にした方がいいんじゃないか?


そう思った


心を鬼にして、あまりお金を送らないことにした


だけど


何年か経ち


弟が多大な金額を実家に援助していると知った


ショックだった


私が送っていたら弟にこんなに負担をかけなかったかもしれない


だけど、このままだと


実家に一生頼られてしまう・・・


私は心を鬼にできるけど、弟はずっと援助するだろう


「弟を守りたい」そう強く思った


実家に帰り父と話し合いをした


父の暴力が怖くて誰も対等に話せない


近所や親戚の人など、父のご機嫌をとるように


持ち上げるようなことまでしていた


だから、父は人に迷惑をかけていることに気づかなかったのかもしれない



話し合いに持ち込むまで大変だった


「返す気は、あるのか?ないのか?」から始まり


「あるなら、もっと計画を立ててください」


「節約などして、一生懸命さを見せてください」


働ける体でありながら働かずに子供にお金を無心するなんて納得できなかった


「今回は一番金利の高いのを私が返済するから弟にお金を無心するのは辞めてください」


そんな内容だった


私の中では「弟を守りたい」それしかなかった



父は完全によくなったという訳ではないけど


働くようになった


父はストレスを上手く消化できない人なんだと思います


それと周りの影響もあるのだと思います



この後、父より母が劇的に変わっていきました


「自分達の力でなんとかする」そう決意したのだと思います


以前は、ほとんど電話もないのに、珍しく電話かかってきたと思えば


「元気にしてる?」という言葉もなく


並行一番「お金送って」だった


凄く悲しくて傷ついていた


以前は、全く笑わない暗い愚痴しか言わない人だった


「この人は無機質で冷たい心がない、コンクリートの生まれ変わりだ」と思っていた


今は明るくなり愚痴も言わず私のことも心配してくれている


人ってこんなに変われるものなんだぁとビックリするくらい変わった


奇跡的な変化


母が変わってくれなかったら


私はまだ苦悩の中にいたと思う・・・















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借金(幼少期)

借金での苦痛は数多い・・・


一番、辛かったのは両親の激しい喧嘩

母がお金のことで父を罵る

父が母に恐ろしく暴力を振るう

それを言ったら殴られるとわかっていたはずなのに

毎日のように何年も同じことを繰り返す母が理解できなかった・・・

嫌いだった・・・

子供が傷つくと思えば我慢できないのだろうかと思った

こんなに子供を傷つけて平気なんて

自分は両親に愛されてないとネガティブになった

(この当時の刷り込みが、今も消えず苦戦してます)


そして母は・・・

「父に暴力を振るわれる自分は可愛そうである」ということを

周りに同情されるような上手い言い方で話し

父を悪者にしていった・・・


暴力はいけないことだけど

私は父がとても気の毒に思えた・・・


私、以外の兄弟は

父が悪いと母に洗脳されていた・・・


私は子供らしくない冷静さで

二人を見、判断をしていた・・・

私はいつも「どちらも悪い(罵る母も父の暴力も)」という判断をしていた


同情をして欲しい母に同情しない私は

母に嫌われた・・・
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