ポムダムールトーキョー代表の(先日29歳になりました)池田喬俊です。

 

座右の銘はたこ焼きです。

 

前回告知させていただきました静岡伊勢丹

 

今回の催事も前回の京都伊勢丹同様、とにかく全国各地のうんまい食べ物をこれでもかというくらい集めた伊勢丹の本気が伺えるフードフェスティバルイベントです

 

その名も

 

『日本のおいしいもの展』

2017/3/15〜21

 

しかもりんご飴が広告の一面に!!

 

これは緊張します。とうとう''日本のおいしいもの''という紹介に恥じない商品になってしまいました。

 

そして今回のブログで静岡伊勢丹様に感謝の気持ちをお伝えしたいのが特にこれ!

 

ジュエリーケース!!

 

これは前回の京都伊勢丹でも装飾させていただいたのですが、普通は宝石ジュエリー、食品だと高級な洋菓子などが展示されるものです。

 

 

これは本当に夢でした。百貨店でりんご飴をこのジュエリーハイケースにディスプレイする。本当に夢でした。

 

 

時はさかのぼることお店を作る前。

私がりんご飴専門店をつくると心を決めた直後のことでした。

 

お店をつくるきっかけになったりんご飴

 

 

 

どこだったか忘れたんですが、宝石店のケースにりんご飴が展示されていたのです!

 

いや、されていたのです!って言いましたが、これは完全に見間違いだったのですが、それを見た瞬間に

「これだ!!!!」

と思い、すぐに友達に電話したんですけど

 

 

 

「ちょっと!ちょっと!りんご飴がジュエリーケースに!ジュエリーケースだよ!あのネックレスとか飾ってあるケース!そうそう!それにりんご飴が!俺だけじゃなかったんだって!まじで!」

 

 

友達「気でも狂ったのか」

 

 

 

全く相手にされませんでした。

 

この時僕はこの景色をいつか必ず本物にして証明してやる!!って思いました。

 

 

 

静岡伊勢丹のバイヤーSさんがお店にお越しくださって

(百貨店のバイヤーさんたちは必ずお店に来てくれます。すばらしいです。自分の目で納得したものしか提供しない。それがプロです。)

挨拶を兼ねて打ち合わせをした時にこの思い出話をしたんです。そしたら分厚いカタログを取り出して(こういうのも持ち歩いていてすぐに出せるのが流石ですよね)、これですか?と見せてくださいました。

 

これだ…これです…あぁ、きれいだな。これに入れたらきれいなんだろうな…。とかブツブツいってると、

 

 

Sさん「これも手配しましょう。」

 

 

「え?!まじ!!?」

 

 

あまりにも想像を超えたご提案にアメリカの大学生ファッション並みのカジュアルなリアクションをしてしまいました。

 

アメリカの大学生

 

 

 

その流れで半ばダメもとで京都伊勢丹のDさんにも電話をしました。

 

 

 

(こんな何の実績もない個人事業の趣味レベルのカフェにハイケースなんて普通無理だろうな…)あの、Dさん、ジュエリーケースあるじゃないですか、はい、あのハイケース、はい、幅500くらいで高さ2000くらいの、はい、それなんですけどね…」

 

 

Dさん「あー、はいはい!あはは!そうですね!手配しまーす」

 

 

「マジで?!!!」

 

 

 

そんな経緯で今回、そして前回の催事でこのケースにりんご飴を展示できました。

 

 

静岡伊勢丹のSさん抜きには実現しなかったであろう歴史的快挙…。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

私の名刺のデザインはドガどいう画家の「踊り子」という作品を使用しています。僕は彼女の手にりんご飴を描き足しました。

 

ドガは1830年くらい生まれのフランスの画家で、この作品は代表作の一つです。

 

当時の女性はくるぶし丈の長いスカート、両家の女性は肌を露出することはまずなかったそうです。

この絵の踊り子は肌を露出しステージでただ踊らされている下層階級の見世物。彼女たちはすこしでも踊りの才能を見出しいい暮らしをするため、一流のプリマになるためにパトロンをみつけることがすべてでした。

 

ドガの描く踊り子はどれも顔の詳細が描かれていません(印象派なので当たり前といえば当たり前ですが)

踊り子はただの上流階級にとっての踊り子、それ以上の意味はなく、この絵の後ろに見える男性も踊り子のパトロンだと考察されています。愛人のステージをこのように見守ることはパトロンの当然の権利だったのです。

 

 

 

 

 

パトロンの方々、趣味わるくないですか!?

 

 

 

 

彼女たちにちゃんと光が当たる健康的なステージを用意しようと行動した人はいなかったのでしょうか。

いや、いたからこそ今の常識が確立されたのでしょう。

 

 

僕はりんご飴にも同じことを感じていました。

 

 

りんご飴は所詮夏の風物詩、お祭りのアクセサリー。

 

場を飾るためだけに用意された不遇なお菓子。

 

ただ、ここで念を押しておきたいのは、僕には従来のりんご飴のあり方を否定する気は全くありません。お祭りという現場にとってりんご飴は重要な意味を持っています。むしろ、お祭りのりんご飴は味の追求をしてはいけないとすら思います。

僕が言いたい事は、りんご飴の新しい可能性と提案です。

 

 

僕にとって百貨店という場所でジュエリーケースに入れてあげることは特別な意味を持っていました。

 

 

そのために、どんなに小さくてもいいからとお金を貯めて作った街外れの小さなお店。小さな小さなショーケース。これが僕にできる第一歩の限界でした。それが約3年前です。

 

契約日

 

自分の残された人生のどんな犠牲を払ってでも、と一度も出演を断らなかったテレビ、雑誌取材、利益や影響力などはまったく見込めないような個人の趣味ブログの取材まで、すべて受けてきました。

 

 

どれかが引っかかるかもしれない。

 

 

どれかがりんご飴の誤解を解き、無実の罪を晴らす鍵になるかもしれない。

(ここで言う誤解とは、りんご飴は日本発祥という1ページ目1行目から今までの全てで、無実の罪とは、まずい、食べる価値ない、不衛生、飴だけでいい、といったりんご飴が浴びせられてきた多数意見です)

 

 

利益のためだけに利用されてきたりんご飴、僕がまずやるべきことはそこ(利益重視)を第二に据えて行動することでした。

 

 

この思いが「我々に数字(利益)のために戦う意思はこれっぽっちもありません!!!」という発言につながります。

僕たちがそれをしちゃうと振り出しに戻ってしまうと思うんです。場所を変えただけで結局見世物。

 

 

 

よくりんごに詳しい方からこう言われます。

 

「百貨店でりんご一個使って500円台は安すぎる。青果で600円だったよ?利益ないでしょ。砂糖の仕入れ費タダなの?場所代は?人件費は??」

 

この値付けを可能にするためには青森県のりんご関係者各位のご協力が必要不可欠でした。

 

 

すこしでもいい原材料をすこしでも安く。

 

 

こんなの商売人ならだれでも願う都合のいいお話です。

 

 

努力は必ず報われるという言葉があります。これはちょっと拡張表現だろ〜と僕は半分否定的なのですが、でも確かに言えることは、努力をやめなければ誰かがいつか気づいて、協力してくれる、ということです。

逆に言うと、自分で信じたことなんだったら誰かに気づいてもらえるまで血反吐を吐くまで努力をやめるな、ということだと思います。

 

 

「意識高いやつがやってる趣味の店」

 

と言われることもありました。というかこれは今でもあります。

でもこれは僕が馬鹿にされてるだけで、まぁ、ギリギリOKです。

 

 

「りんご飴の専門店があるらしいよ、何考えてるんだろうね、どうせ不味いのに」

 

 

これはいけません。我々が作っているりんご飴を馬鹿にされることはカチンときます。せめて食べてから言ってほしい。

 

りんご飴を食べ終わったお皿を灰皿にされたこともありました(信じられますか)。吸殻と同じステージにしないで。

 

 

 

それでも、どれだけ悔しくても、ひとつひとつ正面から向き合ってきました。

 

最初はりんごも全部IKEAの大きい袋もって近所の青果店に歩き回ってお店に往復して運んでいました。片腕に50個、合わせて100個。休憩しながら。遠いところは新大久保。中野坂上に行くことも。

 

ある日横断歩道で大量のりんごをガタガタさせながら運んでる姿を青果店の配送の方がたまたま車から見ていたらしく、次の日台車で運ぶのを手伝ってくれました。

「これ思ったより遠いね」

それから配送ルートのついでだから、と運んでくださるようになりました。

 

この時に

 

「あ、努力は報われる保証はないけど、真摯に向き合い続ければいつか気づいてくれる人がいて、真剣な姿には人は協力してくれるんだ」

 

と気付いたのでした。

 

 

前回のブログで

 

ダメだ、これむっちゃ長くなる!といった内容はだいたいこんな感じです。

 

 

気が付けば僕の周りには協力してくれる人たちがいて、みんなのおかげでりんご飴の新しい可能性を形にすることができる。

 

我々ポムダムールトーキョーが百貨店に出店する目的は利益や知名度のためではなく、『ひとりでも多くのりんご飴を誤解している人にりんご飴の認識を改めていただくこと』です。

 

そしてその今まで誰も気がつかなかったりんご飴のまったく新しいありかたが鍵となり、人生が少しだけ面白くなったらいい。

 

 

まとめました。

 

 

 

 

 

 

 

あれ、これ静岡伊勢丹の記事じゃ…

 

 

 

 

 

 

 

いい加減にしろ!導入長すぎやろ!ピチカートファイブかよ!

カラオケだったら歌う前に演奏中止押されるぞ!!

 

 

 

 

 

 

 

静岡伊勢丹

《日本のおいしいもの展》

 

 

 

0日目(準備日)

 

着きました。

 

 

 

 

 

 

今回我々に与えられたスペースはかなり広い!幅6メートルくらい。

図面で確認してたより実際に見るとものすごく広く感じます。

広い方がかえって悩む…。

 

荷物も全部揃い切ってなかったのでとりあえずお昼ご飯。

 

王将

 

なんだか今回は余裕が伺えますね。

 

 

 

 

 

 

植木職人ひなちゃん

 

 

急遽布を使うことになったのでアイロンをかけるみゆちゃん

 

そのころ僕はというと他店のお手伝いをしておりました。

 

 

 

 

ちょっとそこの背の高いりんご飴のおにーさん!これ貼れる?

 

 

 

 

あ、はい。届きます。できますけどね、やりますけど一応…

私この店の社長なんですけど、

どちらさまですか?!

 

 

 

 

たまに思うんですけどどうしてこうりんご飴屋って舐められるんでしょうか。(はい、そこ、りんご飴だけに?とか言わない)

 

僕たちのことをふわふわの国の住人とでも思ってるのでしょうか。

 

 

 

 

 

閉店後は店内の明かりが消えてしまうのでスポット照明をつかって作業を続けます。

 

なんだかこの感じ、お店を作ってる時を思い出す…

 

お店の内装もDIY

 

 

 

そして今回の装飾の最大の関門

 

なんと後ろに幅3m強の壁が…

静岡伊勢丹によると

 

 

 

いや〜!

ポムダムールさん!

お好きに!

どうぞ!!!

 

 

 

とのこと。

 

あんまり色も乗せたくないし…写真も嫌だ…かといってもう京都伊勢丹の装飾で完成されてるからこれ以上足すものもない…

 

京都伊勢丹

 

ということで、絵を描くことにしました。

イラストレーターみゆちゃん

 

 

これぞ現場力

 

 

 

 

 

できました!

 

(いしら晴素)!!عظيم

 

今回はアラビア語。

 

 

京都と違うのは広さと追加された壁だけ。あとは同じなのでテキパキと装飾できました。

 

ぜんぶ終わったころにはフロアにはだれもいませんでした!

 

なんでいつも一番最後なの??

 

 

 

 

夜の街へと繰り出す我々。

 

時間も遅かったのでチェーン居酒屋にしました。

 

辞めないで。

 

カレーが僕の好きなタイプのカレーだった。

 

 

 

明日から本番だ!今日は体を休めて明日から頑張ろう!

マイペットマンもおやすみ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

後編を公開しました→静岡伊勢丹後編