私はけんちゃんと呼ばれることが多い。

けんちゃんは私の父親であるが近所の人には私なんかどうでもよい新参ものでけんちゃんのおまけである.

けんちゃんは100歳になった村の最長老であるから町中に知らない人は居ない。

今は施設に行って見かけなくなったけど、そっくりさんの私をけんちゃんと呼んでくれている。

それは私にとっても心地よい呼ばれ方でそのうち改名しようかと考えている。

けんちゃんは大正13年の生まれで大陸に戦争に連れていかれたが人は傷つけてこなかった。

私はけんちゃんに叱られたことがないほど温厚な性質であり今でもそうだ。

林業関係の仕事をやってきて、良い時代も楽しんできて、悪い時代も生き抜いてきた。

趣味人であり陶芸や木工作品が山ほどある。

お酒も好きだった、歌うでもなく叫ぶでもなく、おとなしい飲み方が出来る人である。

私はけんちゃんと連れ合いだった母をおおよそ半世紀近く放っておいた親不孝者である。

生まれたこの家に戻ってきたとき母の目はもう遠くを見ていた。

それでもけんちゃんは何の不平も言わず生きている。

私は、私は・・・

まだ遅くはないのかもしれない。