釣り好きが高じて釣り船?の船長になってしまったIさんはもちろん船舶免許を所持している。
私がミニボートで釣りに出たいと考えていることを見透かしたのか、ミニボートに余り良い評価の話をしてくれなかった。
ミニボートとは全長3m未満、エンジン出力2馬力以下、素人が何の知識も持たず操縦できてしまう免許不要のボートで、国家はその運行について安全を保証しない、100%自己責任のボートだ。
Iさんは「波にもまれて釣りにならんだろう」と言う。
確かにそれは予感出来る、木っ葉(釣り師は小さい魚のことをそう呼ぶ)舟は静かな湖か港湾内でしか使い物にならないだろう。
私のささやかな冒険心は早くも座礁してしまった。
サラリーマン人生の終盤、私は毎晩職場の傍の潜水艦酒場で今後の航海におびえていた。
いつもの止まり木の横に紳士が二人。
隣の紳士がもう一人の連れを紹介してくれた。
「この人は飛行船のおっかけなんですよ、アハハ」
冗談か?
「飛行船を追いかけて全国を回ってるんですよ、イヒヒ」
どうも本当らしい。
「飛行船への熱い思いを語り出すと止まらないよ、ウヒヒ」
珍しい人も居たもんだな。
その人の語る飛行船話は酔いの回った頭には理解不能であった。
「昔の飛行船には水素を使っていて爆発事故が多かったが今はヘリウムを使っている」
そんな、さわり程度のことしか覚えていない。
そういえば風船おじさん(知らないだろうな)はどうなったのだろう?。
おじさんはヘリウムガスを詰めた風船をたくさん束ねて大空に飛び立った。
それっきり、消息不明、もう30年くらい経つかな~。
もし未だ大空を漂っているとしたら、おじさんは男のロマンを堪能したことだろう。
夜店で貰った風船が翌朝床に落ちていて悲しかったことがあるでしょう。
軽いヘリウムガスは薄いゴム風船の膜を通り抜けて大空へ逃げていく。
もっと軽い水素ガスも同じようにゴムの膜を通り抜けて逃げていく。
閉じ込めておくには金属で風船を作らなければならない。
金属は重いから飛行船は大きくなる。
よって木っ葉舟で大空を漂うことは男のロマンであっても不可能なのである。