雨だ。
湖畔に植えられた杉の木が田舎家の裏手の視界に壁を形成する。
距離100mほどのところに立ち並ぶ高さ20mの杉の木は視野の大方を緑一色に覆い隠す。
この杉の木はダム湖が出来たとき水没を免れた水際の農地に住民が植えたものだ。
杉の木は生長して集落の屋根を越えて立ち並ぶ視界の壁になった。
私が子供の頃にはこの杉の木もダム湖も無く対岸の集落が丸見えで大声も通った、田んぼのあぜ道を下って行くと綺麗な水が流れる宮川の河原に出た。
大人は川で鮎や鰻を捕り子供は岩から清流に飛び込んで遊んだ。
今は田んぼに獣除けの網が張られているのでゲートを開けて下りていくと、杉林の中の淀んだダム湖の入り江にたどり着く。
そこはもう生活の匂いのしない、誰も訪れもしない、ゴミの浮いた小さな入り江である。
田舎の集落の生活から川というものは消え去った。
川の流れは此処より上流へ5kmも遡らなければ現われない。
このダム湖は「三瀬谷ダム」と呼ばれ、堰堤から上流10kmの川の流れを奪った。
そしてそこに暮らす住民の視界から徐々に対岸の風景も奪っていった。
大雨になってきた。
雨粒が杉の木の緑を白く霞ませている。
今、三峡ダムのことを思っている。
このダムが奪った人々の生活圏は延々600kmにも及ぶという。
600kmですぞ!
私の車では燃料満タンにしてもたどり着かない距離だ。
川下りをしてみようなんて絶対に思い浮かばないだろう。
花子、「大型船舶が航行してるわよ」
山峡ダム湖畔にも杉の木は植えられたのだろうか?
その杉の木はやがて沿岸の人々から視界を奪っていくのだろうか?
花子、「視界は元々奪われているわよ政府に」
日本人の視界は今後どうなるのかいな?
花子、「白く霞んで見えたり見えなかったりでスガ」
気温は下がった。