20代のころ
人生の良き時期だったと思い返す。
うわべでは満足できない生まれ持っての性癖は変わらず、
どろどろした内蔵物への興味が捨てられない。
不変の変人性は真っ当な人生への舵を切れない。
街で見かけたミニバイクを仕入れてきて、
定盤にペーパーでヘッド擦りて圧縮アップ。
ポートを鑢でゴリゴリ、一本リングで性能改悪。
黄色い缶スプレーで部屋もなんとなく同系色。
同好の輩も同調してきて、
深夜の清掃奉仕と嘯いては同類ガラクタを収集してくる。
独身寮の研修室を工房にしては寮監に咎められる始末。
稚拙な思考と体力だけが有った。
経済の陰りは知りつつも実生活への時差ボケバンザイ。
明日の仕事なんか暇つぶしの類。
1日中遊んで夜はパブに繰り出す。
ビール大瓶一気にへっちゃら、
我を忘れることを楽しむ。
地球は自分が回していると錯覚し始めた。
あるとき、少々遠出をし過ぎた。
先行する先輩はユラユラと対抗車線へ肝試し、
「間違いなく眠っている!」
バイクでの居眠り運転を始めて見た。
監視していたつもりの自分も感染。
朦朧としつつも休めない帰路の距離感。
日付けが変って更に数時間。
無口になってたどり着いた部屋に崩れた。
人に限界のあることを知った。
峠の茶屋で休憩することが必要なのです。
最近の業務では、
「寝ずに働けと言うのか?」
「殺す気か?」
受話器からも、会議室にも、響き渡る。
物騒な言葉だが私に向けられた言葉だ。
”父ちゃんは働き過ぎて死んだ”
なのか、
”父ちゃんは働かされて殺された”
なのか。
夜遅く、帰り道に立ち寄った作業所に灯りが漏れている。
そっと覗いてみる。
「○△さん、未だ帰らないの?」
「やらな終わらんわ!」
強制労働の奴隷のように鎖で縛られてはいないが、
約束事や規則という鎖に縛られて、
やらないと終わらない状況がいつも私たちにある。
30年前には過労死なんて言葉すらも無かった。
今は、自分で自分を殺す犯罪のようなことが蔓延している。