ダヴィンチコードの評判

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映画は未見だが、既に良くない評判は聞こえてきている。


そんな折り、スカイパーフェクTVで「ダ・ヴィンチ・コード~真実と虚構の境界線(Unlocking Da Vinci’s Code)」を見た。潤沢な予算を使って著書と関わりのあるエルサレム、パリ、南仏の村々、ロンドン、スコットランド、フランスを巡って取材しているところがまずすごい。


安(手)・近(場)・単純な日本のドキュメンタリーとはスケールが違う。ノンフィクションライターの私としては羨ましい限りである。


ノンフィクションには金がかかるのに日本の出版社や雑誌社はシブチンでなかなか金を出そうとしない。それはさておき、著者ダン・ブラウンとの独占インタビューに始まって、参考文献の著者や「薔薇の名前」の著者ウンベル・トエーコまで登場するのだから面白くない訳がない。


この番組が、かなり真実に近いのではないかと示唆するのはイエスキリストが結婚していた可能性、マグダラのマリアは娼婦ではなかった可能性である。2人の間に子供がいて名前はサラ、というくだりはどうも怪しい。マグダラのマリアが産んだ娘(サラ)が住んだとされるフランスの沿岸の村では「(サラがキリストの子供だった事は)地元では誰もが知っている」とダン・ブラウンが言うのだが取材では裏が取れなかった。
ダン・ブラウン氏は裏を取らなかったのだろうか。これまたミステリーではないか。浅黒い肌の持ち主のサラは、エジプト人だった可能性が高いようだ。


イエスの子孫が現在も存在しているという点も可能性はあるかも知れないがその確率はそう高くない印象を受ける。「最後の晩餐」のイエスの右側にいるのは使徒ジョンではなく、実はマグダラのマリアであるというのも可能性はあるだろうがこれまた確率はそう高くない印象を受けた。


マグダラのマリアへの偏見、蔑視の歴史が明らかになった点は大変興味深かった。彼女が娼婦だったと私もずっと信じこまされていた訳で、それが誤りだった可能性があると認識を新たにした。


「(サラがキリストの子供だったなんて)アメリカ人はしょうがないなあ」「サラがイエスの子供だったなんてイエスへの冒涜」と世界的ベストセラー「ダヴィンチ・コード」がフランス市民の失笑と反感をかった点も印象的だった。


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ノーモア・ゲイシャ

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サムライムービーの次はゲイシャである。1997年に出版された「さゆり」(アーサー・ゴールデン著)を原作にしたハリウッド映画が今年中にも公開されるそうだ。この本はアメリカだけで400万部の売り上げを記録したという。ゲイシャ人気、恐るべし。


内容は、1930年代の京都を舞台に、新人芸妓さゆりがいじめられながらも、売れっ子に成長する姿を描いたもので「きわめて閉鎖的で異質な世界がこれほど自然な説得力をもつことはまれだ」と、ニューヨーカー誌は絶賛しているというが…


ちょっと待った!


いつまでアメリカはハラキリ、ゲイシャにこだわるのか?侍なんてもうとっくにいないのに。芸者なんて存亡の危機にあるというのに。それなのにもぐら叩きみたいにぽこぽことゲイシャ本が出てくる。


現代日本を代表しない人々ばかりにどうしてアメリカ人は興味を持つのか?はっきり言って迷惑である。


日本女性イコール芸者のようなもの、と思い込んでいるアメリカ人は実はけっこう多い。あるニューヨーカーも「うーん、日本人女性を見ると頭の隅っこで『ゲイシャ』と囁く声にが聞こえるね」と告白していた。現代日本女性のイメージにとってはゲイシャは有害な場合が多い。「さゆり」は素晴らしい著書なのかもしれない。が、私の言わんとするのはこういう特殊な女性ばかりを取り上げないで、もっと普通の女性を取り上げてはどうなのか。


話は飛ぶが、スカイプという非常に便利な電話ソフトウェアが出来て世界中の人々と無料で話せるようになった。が、新しい物には問題がつきまとう。ある中近東の国の男性達が日本、韓国、台湾など、従順、大人しいと思われている国の女性達をターゲットにして卑猥な電話攻撃をしかけているのが既によく知られている。私もさっそくそういう国のそういう男達に悩まされたので自衛手段を講じてその国の男性からのコンタクトを受け入れない事にした。するとアメリカに住むその国出身の男がまたそういう目的を持った男だった。これではせっかくアメリカに移住してもアメリカ人には好かれまい。


アジア女性がイージーターゲットとして狙われるのには国際的に日本女性に対する固定観念が定着しているからである。そういう目で見られたくなくて私は海外に出て日本人かと聞かれると「違う、中国人だ」と答える事がある。中国女性はタフだと思われているからである。


「チビクロサンボ」が黒人のイメージを損なうという理由で絶版になったが、ゲイシャ本も日本女性のイメージアップには寄与しない。「ブラインド・デート」という映画にも夫に盲従する白塗りの変な妻が出て、日本の女は従順でバカだというイメージが伝わってくるし、エディ・マーフィーはお笑いのネタとは言え、日本女性は夫の許可なくしては誰とも話す事ができないと茶化されていた。それを信じる外国人がいないとは言えない。エディは好きだし、彼のネタに数%の真実がないとも言えないが、日本女性のイメージ向上の為にもう少し配慮して欲しいと思う。


アメリカ人のゲイシャ好きは、実は彼らの娼婦好き、そのルーツを探れば、マグダラのマリアに辿り着くのではないかと私は密かに考えている。「プリティ・ウーマン」他、娼婦が出てくる映画は数知れない。私には大昔の「赤線地帯」ぐらいしか思い浮かばない。シャーリー・マクレーンが、私ほど娼婦の役を多く演じた女優はいない、とインタビューに答えていた。ちなみに彼女は勇敢(?)にもゲイシャの役も演じている。


ノーモア・ゲイシャ、次回海外でゲイシャについて聞かれたらそう言おう!

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