ヤフーオークションで詐欺行為を繰り返していたとして福岡県警が住所不定の通信販売業の32才の男ら9人を逮捕したというニュースが先月末にあった。このグループはネット上で「北九州グループ」「福岡県詐欺師軍団」などと呼ばれ、03年2月頃から同オークションで約4200件の詐欺行為を働き、被害総額は約2億5千万円にのぼる可能性があるというから驚きだ。

高額商品の代金をだまし取りやすくするため、電子辞書や電気ひげそりなどを仕入れ以下の値段で大量にカラ出品。代金を振り込ませ、その金で商品を買って自転車操業(チャリンカーと呼ばれる)をしていたのだ。商品が発送されればいい評価が付く事で信用を得ていた。

ヤフーオークションでの詐欺行為は何もこれが初めてではない。前々から問題があったのである。盗難に遭ったノートパソコンがオークションに出ていたのを見つけ、執念で外国人窃盗団のアジトとおぼしき場所を突き止めた男性の話をネットで見たが、警察はなかなか取り合ってくれなかったというか、ネットオークション自体、よく知らなかったという。ヤフーも、当事者で解決してください、という不介入のスタンスをずっと取り続けて来た。

ここまで大掛かりでない、小さな被害はいくらでもある。私自身も煮え湯を飲まされた事が数回ある。一度は黒に近い紫のウィッグを5千円で落札したら、ド派手で到底かぶれるものではなかった。仕方なく派手な女性にプレゼントした。これは写真の色を加工して実際の色とは似ても似つかない色で出品したのである。また、有名ホテルの半額割引券を500円ぐらいで落札したら、それは小田急線沿線で無料で配られている小冊子に印刷された3センチ四方のペラペラの切り抜きだった。写真もなく、こちらはギフト券のような物を想像していたのが間違いだった。モスキーノのリュックを落札した際には、写真に写っていない表に破れがあった。これは棄てた。きちんとした品が格安で手に入った事もあったが、上記のようにズルイ人々がたくさんいたものだが、必ずと言っていいくらい悪い報復評価が付く。


割引券の時がそうだった。なので以後は(やられた)と思っても返品はしないで来た。

あまりにクレームが多かったと見え、ある時からヤフーは出品者の身元確認をするようになった。月々300円弱の基本料を取り、1点出品するごとに10円ちょっとをチャージする。落札金額には3%の手数料を課す。ヤフーには莫大なお金が転がり込む。まあ、こういうシステムになってからはセコイ詐欺は少なくなったらしいが、抜け道は色々あるのだと今回思った。

12月からヤフーは不正利用を自動的に検知するシステムを導入したという。過去の問題取引をデータベースに蓄積して、似た取引を早期に発見するシステムだそうだ。利用者としては、これで詐欺行為がなくなるよう祈る。

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この7月に鳴り物入りイでオープンした「コンラッド東京」。ヒルトングループ最高級にして日本上陸の際には「東京ホテル戦争」とまで騒がれのに、ヤン・モンケディーク総支配人が短期で異動となったそうだ。このホテルの質の高さはシンガポールの同ホテルに泊まって良くしっている。が、シンガポールのアフォーダブル
な料金設定と違って一泊5万円では私など到底宿泊できないが、興味を惹かれて日経BPのオンラインの記事を読んでみた。

それによると、ホテル側は開業準備から2年近くたっており通常の人事異動と言い訳しているが、開業後4カ月で総支配人交代は異例とある。


実はコンラッド、開業時からミス続きだったとか。報道機関向けに送られた開業披露パーティーの案内状でFAX番号を間違ったり、発注した食器の船便が開業に間に合わず、都内の他ホテルから借りたり。そして高い料金設定のせいで30~40%台の低い稼働率が続いた結果モンケディーク氏が業績低迷で更迭されたとの見方が大勢だ。が、実はモンディーク氏は左遷ではなく、移動先のコンラッドカイロはコンラッドの中でも最大規模。37才という若さの逸材をつぶさない為の思いやり人事らしい。では若くて優秀なはずのモンケディーク氏が、東京ではどこでボタンを掛け違えたのか。まずはオーナーである森トラストとの関係。コンラッド東京は森トラストが100%出資するMT&ヒルトンホテルが経営主体となっている。森トラス自体ラフォーレなどのホテルを運営しており、ホテル経営にはうるさい。コンラッドに対してもインテリアやレストランのメニューにまで口を出してきたという。一方モンケディーク氏にもホテルマンとしての経験とプライド、そして「最高のホテルを目指す」という高い理想があったというからうまく行く訳がない。やはり森側としばしば対立し、開業準備の遅れの一因にもなった。いざ開業してみると、モンケディーク氏が目指していたものと、日本人の嗜好にはズレがあり、特にレストランに欧州の人気メニューをそのまま持ち込んで失敗したとある。私など日本のヨーロッパ料理はどこも似たり寄ったりの日本人テイストでちっとも美味しくないが、大衆に媚びなければ日本ではやっていけないという事なのだろう。


案外、この人事、垢抜けない日本人客や口うるさい森側から開放されて一番喜んでいるのはモンケディーク氏本人だったりして。


http://nikkeibp.jp/wcs/j/biz/415690

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大分前の日経新聞にアウディ・ジャパン社長ヨハン・ダ・ネイスン氏が日本人に対する疑問を述べていた。彼の周辺にはそうした疑問に答えてくれる参謀なりブレーンがいないのだろうかと不思議に思うが、遅ればせながら私なりにお答えさせていただきたい。


「外国人には日本は矛盾に満ちた国に映る」
私にはニューヨークなども矛盾に満ちた都市に映ります。密入国するメキシコ人を国境で大量に逮捕しながら、安い賃金で働いてくれる彼らがいないと国の経済が機能しないからとある時急に不法滞在者にまで永住権を大盤振る舞いしたり、大邸宅に住む大富豪がいるかと思うと目抜き通りにホームレスがいたり。それらをアメリカ人は矛盾とは感じていない様子ですから、1つの文化に馴染むまではその国の矛盾が目に
付くのでしょう。


「禅寺の枯れ山水を擁する景観美を重視する国なのに、日本の都市にはそういった価値観が反映されていない」
西洋文化を取り入れるのに熱心な明治政府は、それまでの日本のやり方はすべて遅れているとされ、仏教が虐げられて廃仏毀釈運動が起こりました。それで日本人の古い寺院などに持つ美意識がぷつりと途切れてしまったのです。戦後になると更に物質的な価値観へと大転換を迫られ、大変残念な事に、花より団子、景観より自分の都合優先となったのです。景観美を重視するというのはあまり正確ではありません。観光名所にゴミを捨てたり川辺でバーベキューをして鉄板の油を川で洗い流すような国民が近頃は多いのですから。


「配水管や空調設備がむき出しのビル、ハデな広告看板やネオン、スパゲティのようにからまった電線に電柱が見苦しく、目障り」
仰る通り。近代的な建築や都市計画の歴史がないところにバタバタと建物が建ったせいで町並みが美しくない、変更しようとすると膨大な費用がかかる、よって電柱は地中に埋設されずに見苦しいまま放置されているのです。ハデな看板はまあ、戦国時代の幟の名残でしょうか、日本的な自己主張ですね。醜いけれど、撤去せよという法律が出来ない限りなくならないでしょう。


「教育レベルも高く、豊かな国なのに環境問題には無関心。排ガスをまき散らす車も気になる」
天皇制という宗教が日本人を団結させていたのですが、戦後は「GHQ教」が台頭し、人々は物質主義に走りました。生き馬の目を抜くような戦後の無政府状態をサバイブした人達の、自分さえ良ければいいというメンタリティは次世代にもきっちり受け継がれています。私が以前住んでいたある市など、新住民の流入が少なく、米軍が進駐してきた時代を経験した昔からの住民が多いのです。兵隊から食べ物や金銭を得
たいと思って生き抜いて来た彼らとその子供は非常に人が悪い(とよそ者の私には思われました)。店の人は客を見てもにこりともせず、人を蔑むようなイヤな目付きをするし、人を信用せず、異常にケチなのです。戦争が人心を荒廃させたのだと私は推測しています。


「その一方で、海外出張から成田に着くと言いようのない安堵感を覚え、東京に対する心地よい懐かしさがこみあげる」
それは社長が外国人男性でVIPなので特別扱いされるからです。私などは成田に着くとため息が出ます。ではこんなところで失礼します。

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愛知万博のパビリオンで働く世界各国の人達にNHKの「英語でしゃべらナイト」の出演者が日本をどう思うかと質問していた。みな社交辞令的なコメントを述べる中、興味深かったのはイタリアチーム。

日本人はカタくて融通が利かない、会社で決められたやり方、ルールに厳格で容易に変更しない、と日本をちくりと批評、非難したのだ。ラテン系の人達は日本人とはかなり違う価値観を持っている。

最近電車の中で会ったICU(国際基督教大学)のフランス人の男性留学生に「フランス人にとって人生で一番大切な事は何か」と尋ねてみた。すると…

「いい伴侶を見つけて人生を楽しむ事だ」

なるほどねえ、と思わず感心した。日本人の男性はどうなのだ、と聞かれたので

「彼らの生き甲斐は仕事である」

と代弁しておいた。すると彼らはつまらなそうな顔をした。何せ労働は必要悪だとまで言い切る民族なのだから予想できた反応である。ラテン系の人々にとっては人生を楽しむのが生きている大きな目的であり、日本人のそれは「仕事を勤め上げる」事では天と地の差である。

楽しんで仕事をしてはいけないのが日本だから、社内で気軽にジョークなど言えない。ひたすら自我を殺し、仮面をつけてオフィスアワーをやり過ごさなければいけない。それならそれで支払われる報酬に見合った仕事をしていればいいようなものだが、それ以上の仕事、忠誠心を明に暗に要求する。勤勉が美徳とされていて、それが過剰になると勤勉でない人も勤勉を装うようになる。そこにストレスが生じる。そのストレスがひいてはセクハラ、不正など色々な形で噴出するのではないかと私は思っている。

不平不満は多々あれど、日本人として日本に生きている私にはそれを改革する力も情熱もない。1人でがんばっても「変な人」「クレーマー」として排斥されるのがおちなのだ。日本を自由に批評できるイタリア人やフランス人が羨ましかった。本音を語れない日本は実に息苦しい。