今そこにある食の危機

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現在、世界にある日本食レストランは2万4千店とかで、色々な意味で(へえー)と思う。

そんな中、官民が協力して世界の「日本食人口」(日本食を1年に1回以上食べる人)を、5年後に現在の2倍の12億人にしようという計画が出ているそうだ。目標が達成されれば、フランス料理、中国料理に次ぐ世界の料理の第3勢力になるとかでこちらも(へえー)。普及の最大の弱点は生魚で、食中毒の危険と隣り合わというので日本料理の各国語版テキストを作ったり、料理人を派遣して技術の伝達も行うのだとか。

意義があるようなないようなそんな気の長い話より、以前も書いた事だが料理のできる男を育成する家庭科の充実が先決だと私は思う。英語普及の為にネイティブを学校に呼んだように料理の専門家を学校に派遣した方がよっぽど意義がある。味噌汁1つ作れない男が多数いる国が世界の料理の第3勢力だなんて片腹痛い。いや、男ばかりではない。女だって最近はかなりの手抜き。「料理が作れるからいいお嫁さんになる」なんて、結婚とは飯炊き女になる事だと言わんばかりの因習的なほめ言葉も出番がなくなって、その点では(ああ、良かった)とは思うものの、手抜きは外食にも顕著である。街に出ればまずい料理を高い値段で食べさせられ、では安い料理を食べようとするとレンジを使って調理した「焼き魚」に長く保温しているので変なにおいのする(どうせ)古米に、薄い味噌汁と、食べていて悲しくなるような和製ジャンクフードばかり。
 
男性連中は何の疑問もなく、おなかが空けばコンビニ弁当に手を出すが、あの味付けの濃さ、栄養のバランスの悪さ、そして保存剤を振りかけた「害食」ぶりに私などよっぽどでないと買わない。

今からでも遅くはない。学校の家庭科で徹底的に栄養学を叩き込み、料理のできる男女を育てる、これが和食を守る、そして発展させる道である。政府ももっと、今、そこにある食の危機に目を向けるべきである。
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満額の女

 私には20代から70代までの友人がいる。当然話題は激しく異なる。若い男性はファッション、音楽、そして女性。60代の友人の話題は病気と年金。年金がいくら貰えるかなんて今から試算してもいつどう変わるかわからないから年金なんてあまり当てにはしていない。

 大体年金はわかりにくい。主婦には1、2、3号(侮辱的な区分である)とあって、どんな男性と結婚したか、自営か会社員かで年金が変わるそうだ。夫が会社員や公務員の間、第3号被保険者、つまり専業主婦たる妻は保険料負担なしで国民年金を受け取れる。この優遇システムは将来的にはなくなっていく方向だという。いい事だ。夫が退職して国民年金加入すると、今度は妻の分も払わなくてはいけなくなる。
2人分の支払い額月2万6600円が痛いとリストラ退職した54才男性がTVでこぼしていたが今まで優遇されていたんだからいいじゃないのと言いたくなる。ま、私は独身なのでこの辺はあまり関係がない。

 離婚夫婦の年金分割については2007年度から両者の合意や裁判所が認定した場合に、夫の厚生年金の分割が可能になり、08年度からは合意がなくても妻の請求があれば強制的に2分割が可能になる。夫が合意しない場合は裁判所に訴えることができる。ただ、分割の対象は08年4月以降に妻が3号被保険者だった期間のみで、それ以前に遡っては分割されないとややこしい。遺族基礎年金が貰える人と貰えない人
がいたり、事実婚の女性が貰えて、正妻がもらない場合があったり、年金はややこしい。が、独身の私にはあまり関係がない。

 年金を注ぎ込んだ株などの運用損が6兆円、グリーンピアなどの厚生年金福祉施設を1兆6千億円で作って捨値で売却したと聞くと腹わたが煮得えくり返るが、どうしようにも私は非力である。

 私が今1番憤慨しているのは「満額の女」である。つい最近60代の女性の友人から得た情報では、共に離婚歴のある男女の年金受給者が、結婚せずに同棲しているという。結婚なんて形だけ、進んでるー、と思ったら、その理由を聞いてびっくり。2人とも年金は「満額」貰っているそうなのだ。満額がいくらか知らないが、おそらく40万円ぐらいではないかと友人は言っていた。すごい額だ。2人で80万、悠悠自適ではないか。ところが結婚すると年金額が減るそうで、だからというので籍を入れないのだ。ずるいというか賢いというか、両方なのだろうが、お金があるのでこの2人、ちょっとはスマトラ沖地震に寄付でもすればいいのに海外旅行三昧だそうだ。

 私は行きつけのスーパーで半額のシールが張られたお弁当やらお惣菜を買う「半額の女」、「満額の女」が羨ましいやら憎たらしいやら。

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 自民優勢とは聞いていたが今回の選挙、口を、じゃないフタを開けてみれば自民の
圧勝。開いた口が塞がらなかった。これでは一党独裁ではないか。ただでさえ税金の
無駄使いや不正流用、天下り、談合など腐敗の限りを尽くして腐臭漂う自民党政権が
続行とは恐れ入る。この先どれだけの悪政が待っているかと思うと暗澹とせざるを得
ない。

 2大政党制になって政権がちょくちょく交代しない限り日本の政治は変わらない。
つくづく日本とは変化を嫌う民族である。

 選挙前に木村太郎氏があるフリーペーパーに書いていた事だが、時代が求める変化
はいつも外圧によって成し遂げられた。黒船という外圧がきっかけとなった明治維
新、男女同権や言論、集会の自由などの民主化は終戦後の連合軍という外圧によって
もたらされた。それから60年、日本には「世界標準化」という変化が求められてい
ると氏は指摘する。つまり、情報化が進んで日本も改革が求められて久しいがさっぱ
り実現しなかった。その結果、日本の金融は外資のいいようにされ、製造業はトヨタ
など少数を除いては国際市場での競争力を失った。そして外交的にも中国や韓国に歴
史問題を突きつけられれて国際社会での存在感は薄くなるばかり、それもこれも変化
を嫌がる日本人が多いから、と言う。

 イスラム国を例に引くと、タリバン政権とかフセインの恐怖政治とか、悪政の極み
のような国がやはり外圧によってしか変われなかった。ここもつくづく変化を嫌う国
である。曽野綾子さんが書いていたが、イスラム国には新しい体制よりは100年の
圧制の方がまし、とかいう諺があるそうで、これを日本に当てはめてみると「未知数
の民主党より、腐敗した自民党政権の方がまし」という事だろうか。

 ただ、これで郵政民営化問題には決着が付く訳で、これは大きな変化ではある。国
民が本当に郵政民営化をキーワードに投票したかどうかは疑わしいが。

 しかし自民党のマニフェストには憲法修正(改悪)案、消費税アップなど恐ろしい
変化も含まれているわけで、国民は充分に注意しなくてはいけない。私ならずとも黒
船の再到来を待ちわびたくなるではないか。

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 サンフランシスコクロニクルという、北カリフォルニアで最大の発行部数を持つ
新聞に映画「ロスト・イン・トランスレーション」でも散々ネタにされたカルチャー
ショックを受けた記者の日本滞在記が掲載されている。
http://sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?file=/c/a/2005/07/31/TRGSPDTERA1.DTL

 「日本人は室内で靴を履かず、スリッパに履きかえる」事に驚いている。そう、
日本に疎いアメリカ人は家にあがる時には靴を脱ぐという日本の「常識」を知らず、
ズカズカと室内に土足で入ってくる。私のNYの友人もそうだった。慌てて日本の
習慣について説明したらすぐに理解したが、今度は和洋両用のトイレの使い方が
わからない、といった按配で、カルチャーショックの連続だったようだ。

 この記者は土足禁止のみならず、廊下用と化粧室用のスリッパがあるのにも驚
いている。入り口でスリッパに履き替え、そこから1メートルも離れていないトイ
レに入るとまたまた専用のスリッパに履き替える。しかもスリッパの向きまで変え
るのだ、と。

 私もアメリカから帰国して知り合いの家を訪れるとトイレ専用のスリッパがあり、
少なからず驚いた経験があるのでよくわかる。私は友人がトイレ用のスリッパ
がないと困惑するので、人が来る時だけトイレ用スリッパをちょこんとトイレの中
に置いたものだった。

 記者はにわかには日頃の習慣を変える事ができず、スリッパを履くことをすっか
り忘れて泥のはねたハイキング・シューズでレストランやホテルのロビーを堂々と
歩いてしまったそうだ。

 紀伊の山中にある比較的高級なリゾートホテルで上機嫌で食堂に入ったところ、
客が一斉にたじろぎ、じろりと彼の足元を見たという。彼はトイレのスリッパを履
いていたのだそうだ。

 まあ、他人に無関心な最近の日本人がそこまで一斉に同じ視線を送ったとも思
われない。多分に脚色があるのだろうが、どこの国に行ってもカルチャーショック
はある。日本のカルチャーショックに限ってネタにされるのは日本人の潔癖症
(抗菌グッズにそれがよく現れている)や融通のきかない硬直性がおおまかな性格
のアメリカ人には奇異で無駄な事に映るからに他ならない。



まやかしの美女たち

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 以前も書いたが整形を考える女子大生が「美しくなりたい

という気持ちを抱くのは当然」という新聞投稿があった。


どうしても整形がしたいのなら止めないが、美人なら幸せに

なれると思うのは大きな間違いである。絶世の美女といって

いい友人Aは水商売の世界で男性の欲望に翻弄されて自分の

恋をまっとうできず、離婚2回、中絶は数知れず、男性不信
に陥って性格まで悪くなった。

 知り合いが、夫が家に帰って来ない、どうしたらいいんだ

ろうとある時電話をかけて来た。するとAは混ぜご飯を持っ

て彼女の家を訪ねるという。それを渡し、ひとしきり彼女の

グチを聞いたり、夫との間に立って携帯に電話をしたり数時

間一緒に過ごし、「何か困った事があったらすぐに電話して

ね」と言い残して引き上げた。日頃はこの知り合いの悪口ば

かり言っているのにあまりの心遣いに、私は(本当はAは
知り合いには親切にするやさしい人なのだ)と見直したのだ

ったが…


外に出た途端、Aはきれいな顔の眉間に陰険なしわを寄せ、

さっきまでの笑顔はどこへやら、不機嫌な表情で「あー、

やってらんない、あんなぐうたら亭主にしがみついてバッ

カじゃないの」と吐き捨てるように言ったのである。

 彼女とはその後疎遠になった。友人達も離れていった。

顔の美しさと幸福はあまり関係がないのだ。

 このところTVで北朝鮮の美女軍団とかいう若い女性

の映像がさかんに流れる。韓国の男性達が狂喜して彼女

達の周りに群がっている。それもいい大人が、である。

美人、美人と騒ぐのは後進国の男だけだと聞いた事があ

る。ついでに言えば韓国では整形が盛んである。反対に

アメリカなどでは顔が可愛い女性はかえって「ジャスト
・ア・プリティ・フェイス(顔が可愛いだけの女)」と

言われてキャリアウーマンには必ずしもプラスではない

とある銀行勤務のアメリカ人女性がぐちっていた。人気女
性キャスターのコニー・チャンなどもむしろ不美人だった。

 北朝鮮の美女軍団には有力者の娘が多いのだとか。とな

ると圧政者側の人間である。美人なら性格が悪くても独裁

政権の支持者でも何でもいいのだろうか。そういう女性に

血道を上げる男性に言ってやりたい言葉があるがここには

書かない。




 アメリカ人は統計が好きらしく、国民の3人に1人はうつだとか、4人に1人が
肥満で7人に1人は社会生活に支障をきたすほどの人格的障害があるとか、よくも
まあと思うぐらい熱心に統計を取っている。国民的な趣味なのだろう。一体統計に
どのぐらいの信憑性があるのか疑わしい気もするが、例えば、人はTVのリモコン
を探すのに一生のうちの3週間以上を使い、ジャンクメールの整理には5週間以上
を費やす、なんていうのはどうだろう?

 平均的な成人は1日24時間のうち仕事と通勤時間で10時間、歯磨き、シャワ
ーなどの身づくろいに1時間、睡眠に6時間、食事に2時間を費やすのだそうだ。
そして残りの5時間でTV、新聞、雑誌を見たり、買い物をしたり、掃除をしたり
する訳だが、この5時間のうちの1時間は無駄な時間に取られてしまうというから
勿体ない。例えば忘れ物をして戻る、カギや各種リモコンを探す、銀行や病院、駅
などで待つ、Eメールと郵便のジャンク・メールを処分する時間などなど。私もジ
ャンクEメールを削除するだけで1日20分は確実に無駄にしている。

 1番無駄なのが物を探す時間である。TVとビデオのリモコンとカギはのべつ幕
無し探している。一生のうちの3週間どころではすまない。その他、物差し、ナイ
フ、携帯、ハサミ、靴下の片っぽ、大事な事を書き付けたメモ、財布、帽子、何で
もござれ。探さないでパッと手に取れる物の方が少ない。ある時など我が家で唯一
の金目のロレックスの時計を、旅に出る前に泥棒が入ってもわからないようにどこ
かにしまいこみ、旅から帰るとどこに隠したかすっかり忘れて家捜しし、どうやっ
ても見つからないので悲嘆にくれていたら引き出しの下着の中からひょっこり出て
来た。これはボケが始まったせいではない。「爆笑おすピー大問題」という番組で
は、若い女性タレントが、給料が振り込まれた銀行通帳が3ヶ月見つからないとか、
開けたメンマのビンが見つからないとか言っていた。そういう探し物がぴたっと見
つかるおまじないをアメリカの現役の「魔女」が紹介していたので慌ててメモした。

 まず紫(無意識の象徴)のキャンドルと1束のローズマリー(記憶を司る)、お
香、金属の器を用意する。キャンドルに火をともし、金属の器の中に火を付けた
お香とローズマリーを入れ、キャンドルの前で左右に振る。振る時には立って、足
をクロスし、片手を天にかざし、目をつぶって7(マジックナンバー)から0まで
カウントダウンする。全裸ならより効果があるという。私もさっそくやってみよう。
ところでキャンドルはどこにしまったんだっけ?

私がマンガを読んだのはせいぜい中学までだが、日曜の夕方に家にいれば必ず
TVで「サザエさん」を見る。番組の最後にサザエさんとジャンケンをすると(ああ、
日曜日の行事が終わった)と何がなしホッとする。磯野家のような「普通の家庭」
は今や核家族化や働く主婦が多くなって消失してしまったので、いわば郷愁の念
から見るのだと思う。

磯野家のような家庭はないという証拠というか根拠というのが、この7、8年、
生活の為に日本各地のご家庭に電話をかけるバイトである。その結果、磯野

家のような家庭などないのを期せずしてまざまざと知らされる事となった。

守秘義務があるから詳しくは書けないが、そんなはずはない、磯野家のような家
庭は今でもある、電話をすれば奥さんなりお姑さんが必ず出る、夕方ともなると学
校から戻った子供が出る、家族同士は何をしているか、いつ帰宅するかなどを把握
している、そう思っているあなたは甘い。

まず異なった時間帯に何度電話をしても出ない家庭というものがある。留守電、
コール音のみ、ファクスなどなど。「いたずら電話が多いので留守電にしています」

という女性の音声が流れて来た時には少なくともそこに住んでいる女性がいるとわ
かるが20回も電話して1度として誰も出ないという家庭はどんな家庭なのか。

夕方からは比較的つながりやすくなるが、それにしても出るのは高齢女性か良く
て奥さん、悪くすると小学生の幼い声で「親はいません、いつ帰るかわかりません」
と聞くと人事ながら胸が痛む。ご亭主が出るケースなどほとんどない。夜9時にな
ってもいないし、いつお帰りになりますかと聞いても奥さんは「わからない」「い
つも遅い」と言うばかり。亭主ばかりではない、働いている成人した子供もその伝
で家の中にいるのかいないのかすらわからないのだ。見に行って「いなかった」と
いう調子。そんなに広い家でもないと思うのに夫婦、親子のこの不干渉、無関心ぶ
り。

いくら私が家庭崩壊だ、日本はこれからどうなる、などと心配したってそういう
世の中になってしまっているのだから考えても詮ない事なのである。自分の中で
(忘れなさい)(考えたってしょうがない)という声がする。実際そう思えるまで
に私はあと何軒のお宅に電話をかけ続けなくてはいけないのだろう。