公私ともに疲れ果ててしまって

心が錆び付いて腐りかけてた

おまけに身体まで調子が悪い

 

毎晩いくら眠っても眠り足りず

どうにもこうにも出口が見えず

自分が自分じゃなくなりそうに

 

心の危機に陥る僕のところを

“田中のお父ちゃん”が訪れた

はじめて夢の中で彼に会った

 

桜が咲く前に突然逝った彼は

祈りも弔いもすべて拒絶して

みごとな散り際を僕に見せた

 

まもなく海原に遺骨が撒かれる

そんな絶妙な時機の明け方に

“田中のお父ちゃん”が現れた

 

僕は彼をお父ちゃんと呼んでた

公の場では先生と呼びつつも

二人きりになったら無礼講に

 

夢の中では見知らぬ古屋敷で

妻と僕とお父ちゃんが飲んでた

美酒に酔いつつ話に花が咲く

 

そろそろ僕は先にお暇しますよ

そう遠慮がちに小さくつぶやくと

お父ちゃんは急に立ち上がる


お先にねと柔らかく言い残すと

余韻を振り切るがごとく早足で

彼はそそくさ玄関へと歩いた

  

僕は慌てて妻を呼び後を追う

早く来いよ先生がお帰りだぞ

妻も慌てて台所を飛び出る

 

外の門扉を開くお父ちゃんを

夫婦そろって丁重に見送った

深々と何度もこうべを垂れた

 

迎えに来ていた黒塗りの車へ

乗り込む前に振り向いた彼は

最上の笑顔を見せてくれた

 

皺だらけの顔はくしゃくしゃに

優雅な優しさをたたえた口元

何も言わずにっこりと笑った

 

にわかに妻と僕は思い出した

迂闊なことにやっと気付いた

既に彼は鬼籍入りしたはず

 

思わず問い掛けようとした僕

それを押し止め車に乗り込み

彼は颯爽と旅立っていった

 

嗚呼会いに来て下さったのね

そう語る妻に僕はただ頷いた

そこで目が覚め夢は終わる

 

隣を見れば妻はまだ眠ってる

僕は鮮明な余韻を思い返して

一人布団の中で涙を流した

 

僕を心身の危機から救うため

散骨式間際に別れを言うため

お父ちゃんは夢枕に立った

 

けっして消えない温かい記憶

とても夢だとは思えぬほどに

鮮やかに残る笑顔の残像

 

あのお父ちゃんがやって来た

目覚めた妻にさっそく伝えると

彼女の目からも大粒の涙

 

この大切な記憶が涙とともに

流れて蒸発してしまわぬように

拙い文章だが残しておこう

 

あのお父ちゃんがやって来た

確かに“田中のお父ちゃん”は

僕とともにこの世を生きた

 



~サラリーマン吟遊詩人

 

 


  

ありがとう・・・サラ吟ランキング