こんにちは!

 ご無沙汰してしまいました。北海道に行って、そうして帰ってきました。

 向こうではずっと原稿を書いておりました。心霊関係の面白おかしな本です。

書店に並ぶことがあれば、ぜひお知らせしたいと思います!

そこでもプーデル節は炸裂しております。

 

さてさて北海道でのいろいろ、いってみましょー!

 

8月19日(月) 

  今日は図書館がお休みなので、映画を見に大黒座にでかけた。大黒座では今、「翔んで埼玉」を上映中だ。

  母に「行く? 」と聞いたら「行く」と言うので二人ででかけたが内心ちょっと心配だった。

  去年、見た「万引き家族」は母はセリフが全然聞こえなかったからだ。

  今年は補聴器があるから大丈夫だろうと思うが念のため

 「漫画原作のギャグ映画だからね。埼玉はダサイタマとして有名で、そのダサイタマを東京都民が差別しているというのが前提になっている世界観なんだよ。それだけ頭に入れて見てください」

 と車の中で予習しておく。

 「ギャグって何だ」

 「ギャグってのはお笑いで、コント55号やドリフターズみたいなもんだよ」

  「コント55号」だけでも相当古いのだが、母がお笑いを語る時は「エノケン、アチャコ」を出してくるので参る。もはや歴史上の人物だ。アラカンの私ですら名前しか知らないよ。

 

 大黒座はコーヒーを100円で提供してくれる。

  コーヒー飲む人いますか? と入り口で聞かれるので手を上げると、上映中に館主さんが湯気の上るコーヒーカップをお盆に乗せてソロソロと入って来る。
  暗いからソロソロ歩きだ。手を上げると館主さんはそっとカップを手渡してくれる。それぞれ形の違う陶器のマグカップである。

  私は大黒座のそんな手作り感が大・大好きだ!

  けれど残念ながら今回はコーヒーはなし。館主さんが不在だったためかもしれない。

 

 加えてもう一つ残念なことが。

 大黒座の看板猫であり、私が「影の館主」と呼んでいたチータンが6月に亡くなっていた。
 二年ほど前からヨボヨボだったが、ついに逝ってしまった。

結構な歳だったらしい。

元はお向かいの「若葉食堂」の飼い猫だった。それが何を思ったか大黒座を第二の我が家と決めたらしく、いつ行ってもロビーのベンチでのらくらしていた。ついには若葉食堂のおかみさんの方で大黒座にエサを運んでくるようになっていた。

 私は交通事故を心配していたので、老衰ときいてホッとした。自由気ままな地域猫らしく、大黒座の事務所の片隅に身を隠し、そのまま静かに息を引き取ったそうだ。

 バイバイ、チータン。

  もっとも古株が去ると、入れ替わるように新しい猫が現れた。

 

 昔からそうしていた風にロビーのベンチで昼寝している。

 名前は聞きそびれてしまった。また「チビ」かな。そうだといいな。

 名前にこだわらないユルさも私は大・大好きなのである!

 

 さて、映画が終わって私の前の席に座っていた母を迎えに行くと、眉間に皺をよせ、怪訝なような、怒ったような顔をして

 「なんなんだ、これは!」
 と私を見た。やっぱし! そうなったか。

 「ギャグだよ」

  と答えると

 「こんなもんギャグじゃない!」

 ついさっきギャグの意味を知ったばかりなのに断言する。

 ため息まじりに母は言った。

 「昔のお笑いはよかったねぇ。エンタツ、アチャコとかおもしろかったよ」

  やっぱし! そうなったか。

 

 

8月忘日

  北海道に来た時から台所の片隅にビールが半ダース置いてあった。
 アサヒのドライゼロだ。

  なんでこんなところにビールがあるんだろう、と母と気持ち悪く思っていたら娘が「製造年月日が今年の7月だよ」と言う。

  7月! 私たちが北海道に来る前じゃないか!

  私達が来る前に家の中にビールを半ダース置いた人物がいる!

  家の管理を頼んでいるA商店のAさんに聞くと

 「ええっ? なんだろう?」 

  とびっくりしている。私達が到着する前に掃除をしてくれていたOさんは

 「私が来た時にはすでに玄関にあったの。だから台所に持って行ったの」

  とのことだ。

  なぜ鍵のかかった家の玄関に手つかずのビールが置いてあったのか?

 

 ほどなく真相がわかった。母宛のファンレターに書いてあったからだ。

 「先日、北海道旅行の折にこちらに立ち寄ったところ、Aさんが親切に別荘を案内してくれました。『センセエの家の中見せちゃる』と鍵を開けて、各部屋を見せて下さいました」
 そういえばA商店にビールを頼むといつも出てくるのはアサヒのドライゼロだ。

  点と点がつながった!

  ファンがA商店を訪れる。「佐藤先生のファンです」という。Aさん「よし、俺がカギを預かっているから家の中見せちゃる」とはりきる。ファンの人「それは先生に申し訳ないからAさんのところでビール買って行きますね」。ビール購入。お礼のつもりで玄関に置いておく。

 

 もう、Aさん、勘弁してくれー!!

 

 

9月某日

 

 

 もう一つ、勘弁してくれー!! と思ったこと。

 

 母が起きるのは八時半ごろだ。私は大体九時前後に目を覚ます。

 その日、母がいつも通りに起きだして顔を洗っているとピッゴッとチャイムが鳴った。築45年の我らの別荘はチャイムもすっかり錆びついてピッゴッとかすれた音しか出ない。

  母が気がつかない様子なので、私が出て行こうかと着替えている間も立て続けにチャイムは鳴った。さすがに母の耳にも届いたらしく、玄関の鍵を開ける音がした。

 と、すぐさまおばちゃんの割れたような大声が飛び込んできた。

「佐藤先生に会いたくて大阪から来ました!!」

  あまりの大声に娘も目を覚ました。

 「私ら夫婦です。ここに一か月ほどいてね。今度の日曜日に帰ります。その前に一目先生に会いたくて来ました!」

 「いや、まだ起きたばかりで」

  寝起きの枯れた声で母が言うと

 「かめへん! かめへん!」

  と元気のいい声が答えた。

 「何も飲んでないし、まだカーテンも開けてなくて」

 「かめへんて!」

  この場合の「起きたばかり」は相手をもてなす用意ができないことを意味しているわけではない。暗に、こんな朝早くの訪問は困ります、を含んでいる。

 「一緒に写真、撮ってもらってもええですか?」

 「こんなザンバラ頭じゃねぇ」

 「大丈夫、大丈夫!」

  ザンバラ頭の寝ぼけ面がSNSで出回ったりして欲しくないから母は言ったのだが通じていないようだ。

  何枚かシャッターを切る音がして「先生、いつまでも元気でね!」と帰って行った。

  お土産にメロンを置いて行ったとのことだった。

 

 夜、いただいたメロンを切ったら腐っていた。

 

 

9月15日

 いよいよ帰る。

 母は今年が最後の北海道だろう、と言われていて本人もそのつもりだ。

 だから母を車に乗せてあちこち懐かしい場所を走ってみた。秋の日差しを受けて牧草地が金に輝いている。馬産地だが馬の数はすっかり減ってしまった。牧場も商店もポツンポツンと消えて行っている。

 胸に染み入る光景だが、案外母は淡々としたものだ。寂しいとか哀しいとかを超えて、すべてを受け入れようとしているのか、諦めの境地なのか。

 かつての母のお仲間も減って行っている。何人かは亡くなり、何人かは闘病中、施設に入った人もいれば、ボケてしまった人もいる。語り合う相手を失って、思い出だけがぽつんと宙を漂っている。あの楽しさも、悲しさも、怒りも、笑いも確かにあったはずなのに、色あせ、かすれて白日夢のように思えてくる。

 年をとるとはそういうことなのだろう。

 今度は私が新しい歴史をここに作るのかもしれない。

 笑えるような思い出だといいな、と私は思う。

 

 

9月17日

 家に向かうタクシーの中から娘に電話した。娘は私と母より一足先に東京に戻っていた。

「今、モミジとクロベエどこにいいる?」

「モミジは私の部屋。クロベエも私のベッドの上で寝ているよ」

「よし! 今、ミラーのところを曲がったからね、もうじき着くからね。動画をスタンバイしていてくださいよ!」

 娘に念を押した。一か月ぶりの帰還なのだ。我が愛猫たちはさぞかし驚き、喜ぶことであろ

う。特に私に懐いているモミジの反応が楽しみだ。

「猫の反応、見ようってかい。かわってるねぇ」

 隣で母が笑った。

 タクシーが家の前に止まった。その音は網戸を超えて家の中にも届いているはずだ。荷物の搬入もそこそこに玄関を入り、そっと二階へ、娘の部屋へと向かう。

 いた! 色と黒のまだらが小走りに部屋から出てきた。

「モミちゃぁーん!」

 我ながら気持ちの悪い猫なで声だ。ところがモミジは立ち止まるでもなく、とっとと私の足元をすり抜けていく。気がつかないのか?

「モミちゃーん!おかあちゃんですよ!どしたんですかぁ? どこいくんですかぁ?」

 慌てて逃げようとするモミジをグワッと押さえつけて抱き上げた。

「もみちゃぁーん! ただいまですよ! おかあちゃん帰ってきましたよ!」

 抱きしめて頭に頬ずりするとモミジは爪を立てて肩をよじ登った。「イテテテ」と前かがみになった私の背中を蹴ってピョーンと飛んでいってしまった。

「全然、無表情だったね。どっちかっていうと迷惑そうだったね」

 娘は言った。

 こういうところが猫なんだ。

 ま、そこも含めてかわいいのだが。