二重スリット実験では、光源、二本のスリットの入った障壁、それに感光板のある装置が使われる。光源を出た光は、障壁のスリットを通過して感光板に衝突し、そこに点が記録される。感光板に記録された点は時間の経過につれて増えていき、やがて干渉縞が現れるという。この結果をうけて、「光は粒子でなく波である」ということになっている。

ただ、そこには大きな疑問が残っている。
それは例えば、10秒に一つの割合で光を障壁にぶつけても、感光板に干渉縞が記録されること。インターバルを置いてスリットを通り抜ける光の粒子どうしが、どのようにして干渉しあうのだろうか?

この現象に対して、「光は粒子でありながら、波の特徴も備えている」との解釈がされた。あるいは、「一つ一つの電子(光の粒子)は、両方のスリット通る」という解釈もされている。しかし、素人であるせいか、私にはどれもピンとこない。

そんなわけで、自分で妄想してみた。

実験の結果を見ると、確かに干渉は起こっているように見える。
しかし、発射された一つの光の粒子と、その10秒後に発射される別の光の粒子が、干渉し合うだろうか?さらには、発射された一つの光の粒子がそれ自身で干渉する、などということが果たしてあるだろうか?
どちらも現実的ではない気がする。

発射された光の粒子が感光板に到達するまでの距離は、あまり長くない。
光の粒子は、宇宙で一番スピードが早い。
実験装置のわずかな距離でも、干渉は起こるだろうか?

そんなことを考えているうちに、次のように考えられることに気がついた。
すなわち、「実際には干渉は起こっておらず、干渉が起こったように見えるだけではないか」、と。そこで、「10秒に一つの割合で光が発射されても、干渉が起こったように見えるには何が必要か」を考えてみた。そして、「光の粒子が通過しやすい領域と、通過しにくい領域が出来ればよい」と思いついた。

その様子は、ちょうどコンビニの陳列棚に、たくさんの卵サンドが横一列に並んでいるのに似ている。その棚に並んだ卵サンドの、パンの部分は光が通過しやすい領域だと仮定し、卵の部分は通過しにくい領域だと仮定する。さらに、このような二種類の領域は、光が発射されることで、障壁と感光板のあいだに生じて暫時存在するとした。

そのうえで、卵サンドめがけて光の粒子を発射すると、パンの部分はより多くの光が通過するはずだ。いっぽう、卵の部分を通過する光の粒子は、自然と少なくなるだろう。結果、10秒に一つの割合で光を発射しても、感光板には縞模様が浮かび上がってくる。

この案にも、もちろん問題がある。
まずエーテルである。
エーテルは、実験によってずいぶん前に否定されている。
それでも、二重スリット実験で干渉縞が現れる事実を、「実は干渉が起こったように見えるだけ」だと考えるなら、その説明にはエーテルのような物質(たぶん、原子に捕まっていない電子)の存在が必要になってくるのである。

さらにもう一つ、問題が残っている。
二種類の層(二種類の領域)がどのように形成されるのかを、まだ想像できていないことだ。それに、二種類の層から光が受ける力が、引力なのか斥力なのかも、まったく思いつかない。

というわけで、この問題について妄想を継続したい。
私の妄想に終わりはないのである。

 

光の粒子は、宇宙空間を秒速299,792,458メートルで飛んでいく。
どんなものよりも速い。
しかも、そのスピードは一定で、永遠に飛行するという。

どのくらい早いのかは実感がないが、とにかく速そうである。
しかし、速さが一定だというのが、ちょっと気になる。
どういう仕掛けなのか?

自動車はガソリンがなくなると、惰性で走っていてもやがて止まる。
野球のボールを力いっぱい投げても、間もなく地上に落ちる。
これらは、路面の抵抗や空気抵抗があるからだ、と習った。
それなのに、どうして光は一定のスピードを維持して、永遠に飛んでいけるのか?
宇宙空間には、光の粒子が飛ぶのを邪魔するものはないのか?

宇宙空間に抵抗になるものがなければ、光の粒子はいつまでも機嫌よく飛んでいける。
しかし、光の粒子の飛行を妨げる何かがあるとしたら、何億年も、何十億年も、さらには百何十億年ものあいだ、スピードを一定に保っていることは出来ないとおもう。

ここで私は、光の粒子の飛行を邪魔する何かがあるのではないか、と妄想した。
もしそんな物があれば、光のスピードは次第に低下するはずである。

そこでまず、光の粒子の飛行を妨げる何かがあるとした。
すると、スピードは落ちていく。
しかし、実際にはスピードは落ちず、一定だという。
そうなるためには、落ちたスピードを上げ直すエネルギーがあれば良い。
つまり、秒速299,792,458メートルを維持できるエネルギーが絶え間なく補給されていれば、スピードは一定に保てる。

この妄想をベースにして、考えたことをまとめたら、次のようになった。
■光の粒子が何かの抵抗に出合うと、スピードは少しづつ落ちていく。
■ところが、空間を飛行する光の粒子が、飛行ルート上に存在する最寄りの原子に遭遇すると、光の粒子は原子に取り込まれる。
■光の粒子は、電子の周回軌道に乗ってグルっと回ったあと、再び宇宙空間に投げ出される。
■この動作は、ロケットのスイングバイとおなじ仕組みだ。
■このスイングバイによって、光の粒子はスピードを取り戻すことができる。

ここで、原子の周回軌道をまわる電子のスピードが、秒速299,792,458メートルだとしたらどうだろうか。
光の粒子が取り戻したスピードも、秒速299,792,458メートルになるはずである。
なぜなら、そのスピードで振り回されるから。
且つ、秒速299,792,458メートルを超えることはないはずである。
なぜなら、それより速いスピードで振り回されることはないから。

かくして、光の粒子は、一定であるかのような速さで永遠に飛行する。
宇宙空間に備え付けられたバッティング・マシーンがあるとしても、いろいろな球速は選べない。
選べる球速は、ただ一つだけである。
そのただ一つの球速とは、秒速299,792,458メートルである。

「光の速さ」についての妄想は、これでおわり。

魚の時代や両生類の時代を経て、ヒトの祖先は哺乳類になったらしい。
どの時代にも、生き残るために大きな苦労があったはずだ。
哺乳類になってからも、恐竜に襲われる危険や大量絶滅があった。

そんななかを、私の祖先は何億年にもわたる長い間、姿を変え環境に適応してきた。

ヒトの細胞核には、祖先が出現した頃からの遺伝情報が記録されているという。

考えてみれば、遠い祖先から私まで、数えきれない世代が繰り返されただろう。
私の始祖はバクテリアであったとの説も、ささやかれている。

1807年に、トマス・ヤングが行った二重スリット実験では、感光板の上に干渉縞が現れた。この干渉縞の明るい部分は、二つのスリットを通過した光の波の山どうしが出会ったところであり、暗い部分は光の波の谷が出会って打ち消しあう部分だという。

 

同様の実験で、光源の強度を下げていき、ついには個々の光子を一つづつ、―――例えば、10秒に一つの割合で―――障壁にぶつけても、感光板には同様の結果が残る。多数のばらばらの光の粒がスリットを通り抜け、それぞれが感光板にあたった場所で一個の点として記録されていき、やがてそうした点が並んで干渉縞の像が形づくられるようである。相前後してスリットを通り抜け、別々に感光板にあたる光どうしが、どのようにからみあって干渉しあう波の明るい帯と暗い帯をつくりだすことができるのか、不思議である。クリントン・デイヴィソンとレスター・ガーマーによる電子ビームを使った実験でも、光を使ったときと同様の干渉縞が現れたという。

この干渉縞が現れることに関して、

「時間がたつうちに波と結びついた干渉縞を構成するという意味で、個々の電子も、光子と同じように何らかの形でそれ自身に干渉する。個々の電子は粒子として記述されるとともに波のような性格を備えていると結論せざるをえない」

という説もある。

干渉縞が現れることにたいしては、これまで、複数の説明が行われてきた。「波はぼやかされた電子だ」というシュレディンガーの説明、「電子の波は確立の観点から解釈しなければならない」というボルンの主張、「燐光スクリーンに届く一つ一つの電子は実は両方のスリットを通る」というファインマンのアプローチ、などがあるが、知識不足により詳細省略。

ところで、太陽から来る光について、私は以前からぼんやりとした疑問をもっていた。太陽の光は暖かい。だから最初のころは、光は雲のようなふんわりとした大きなかたまりで地球に飛んでくるのだろうか、と考えた。つぎには、小さな光の粒が太陽から地球までピューッと飛んでくるのだろうか、などと考えたが、しっくりくるものはなく、決め手もなかった。

光の粒が、太陽から地球まで何もない真っ暗な空間を、それこそ光速で飛んでくる。たしかに、これはスゴイことである。しかも、途中星などがあると、その重力によって、光が曲げられるというのである。これもスゴイ! ちょうど、強力な磁石が光の飛行軌道を引っ張り込むようにしてグイッと曲げる印象であった。ただ、重力によって空間が曲げられるということについては、もう一つ実感がわかなかった。たとえそれが光りの飛行軌道を曲げたとしても。

近年、「宇宙空間にはダークマターやダークエナジーが充満しているのではないか」と考えられている。もしそうだとすると、光の粒は、そのような物質にガンガン衝突しながら地球までやって来るのだろうか。もしそうだとすると、太陽から地球まで、一直線に飛んでくることはできないのではないだろうか。

ただ、その効率の悪い衝突が実際に起こっていたとしたら、どうだろうか。つまり、太陽から放たれた一個の光の粒は、その粒自体が地球まで飛んでくるのではなく、宇宙に充満する物質同士がちょうど車の玉突き事故のように衝突して、光のエネルギーを次々と受け渡しているのではないか、と考えてみた。

このように考えてみると、重力によって空間が曲げられるということについて、これまでとは異なった考えが提示できる。すなわち、重力よって空間自体が曲げられるのではなく、空間に充満する物質が、ちょうど地層が大きな力で褶曲させられるように重力で褶曲させられ、その褶曲した層に沿って光のエネルギーが通過することで、光が曲げられるように見えるのではないか、と考えである。

さらに、二重スリット実験での光子を10秒に一個ずつ障壁にぶつける際の干渉についても、それは時間をまたいで発射された光同士の干渉ではなく、光(のエネルギー)が空間に充満する物質にたいして波を起こし、この波が二つのスリットを通過することで起こる干渉ではないかと考えたのである。そして、その干渉のなかを受け渡される光のエネルギーが、感光板に干渉縞を現出させるのではないか、と考えた。

結局、光とは、光源から放たれた光自体がピューッと飛んでくるのではなく、光源から放たれた光のエネルギーが、宇宙に充満する物質に次々と受け渡される現象ではないか、と考えたのである。

素人のたわごとを読んでいただき、ありがとうございました。