自分が新卒だった時
5分前行動とか
服装や言葉づかいとか
その他諸々、
「当たり前」とか
「社会人の常識」と言われるものが
ありました。
子供の時にも
「そんなのやって当たり前なんだからやりなさい」
という言われ方をしたことも。
でも今となっては
それは言葉そのままに
「ほとんどの物事がその状態である」
という事ではなく
「当たり前」というよりは、
「理想的」
な行動をやって欲しいという要請に
「他の人はやってるのに」という
圧力や非難がプラスされている
ものだったんだな、と思います。
なんだか、ネットを見ても
世間で普通とか
当たり前!と言われることは、
とてもレベルが高く、
たいへんに思える時があります。
先日、
みかんちゃん(小3)が
ゆず君(2歳)の
面倒を見てくれたので、
お礼を言いました。
みかん、
まんざらでもない顔で
「えー、当たり前のことじゃん」
(当然の事をしたまでで、特に誉めたりお礼をいうことじゃないよ、というニュアンス)
私
「いやいや、
当たり前のことなんて
実際ほとんど無いよ~」
みかん
「えー?あるよ。
宿題すること!」(^-^)/
私
「当たり前じゃないよ~。
もちろんしてくれたら嬉しい。
拍手しちゃう。
(*’ω’ノノ゙☆パチパチ」
(当たり前のようにやってくれたら
親は安心~。)
みかん
「えー?
じゃあ、水道のお水が飲めるのは
当たり前。でしょ?」(^^)d
私
「いやいやいやいや。
水道のお水が飲める国の方が
少ないよ。
日本は恵まれてるんだよ。」
みかん
「でも、蛇口からお水が出るのは
当たり前だよね?」
( ´∀` )b
私
「当たり前じゃないよ。」
災害が無くても料金払えなかったら止まるし。。。
昔は井戸等から汲んでたんだし。
この後もいろいろやり取りが
あった後、
みかん
「ええ~?
うーんと、じゃあねえ。。。
あっ、赤ちゃんが産まれるのは
当たり前だよね!」
私
「ええーっと、σ(^_^;)
うーんと、(^^;)))
確かにね、もし、生き物として、
動物としての人間からね、
人間の赤ちゃんが産まれる事が
とても珍しい事だったら、
今頃、人間はいないよね。
ほら、マンモスみたいに
いなくなってしまうよね。」
みかん
「うん、うん、そうだね。」
私
「でも、個人として見たら
赤ちゃんが産まれるのは。。。
無事に産まれるのは
当たり前じゃないな~。」
みかん
「???」
私
「赤ちゃんが
亡くなったって話は
結構たくさんあるんだよ。
ゆず君だって、
生きていられなかったかもしれない。」
みかん
「そうかぁ~。
当たり前ってなかなか無いねぇ。」
うん、なかなか無いね。
さて、数日後、
みかんちゃんの口から
「~~は当たり前だから~」
という言葉が出ました。
言った後、みかんちゃんは
私の顔を見てニヤリとして
「み·か·ん·に·とっ·て·は、
当たり前って事だからね」
(*´∀`)ノ
と付け加えました。
「当たり前」という言葉が
悪、というわけではなく、
当然という思いが強すぎて
感謝を忘れたり、
使い方によって、
規範の水準を上げ過ぎて
自分や他人を苦しくするのが
問題なんだと改めて思いました。
言葉狩りにならなくて良かったです。
日常の些細な会話の中に
時々、気づきがあります。
思えば、
そんな会話をできる相手がいるのも
当たり前じゃないですね。
ありがたいです。
