産休前のこと

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 ズル休職を経て、現在産休にいたる。

 休職前、仕事はかなり忙しかった。といっても定時に帰っていましたが。
 妊娠発覚後、つわりとかも多少あり、定時に帰るように心がけていました。それでも、初期に根性でなんとかなるだろうと、多少残業をしていたのですが、たいしたことはないのですが内出血が確認されて、びびった私はそれ以降残業をしないことに決めました。
 決めたからといって周りが許さないというのが普通なんでしょうけれど、上司たちは子煩悩親ばかパパばかりというのと、妊婦を間近で見たことはなくとにかく大切にするものだと思っている同僚たちのおかげで、それが許されました。
 ありがたいことです。

 定時で帰るということは、就業時間内に決められた仕事を終えるということなので、相当集中力が必要だったりします。残業すれば何とかなるという、心の余裕があるほうが私にはちょうどいいかもしれません。
 スケジュールに遅れることもなく、就業時間内で仕事をこないしていたのですが、忙しくなってくると、前倒し気味で作業を行わなければ間に合わなくなるという状況になりました。仕様が未確定のまま作業を進めざる終えないため、そういうことはよく発生します。
 となると、 時間内に終わっているのに、「残業すればもっと作業が出来るのではないか?」という暗黙の了解的な風潮が気になりはじめました。

 無視できるほどの神経はなく、けれどもベビーのためには定時に帰るんだ!という強い意志とで自分の中で葛藤、葛藤。

 そんなストレスとちょうど日照時間が短くなっていたのも手伝って、11月末から調子を崩す。

 12月に爆発したわけですが、仕事の途中で休職してしまったのは、申し訳ないなぁと思った。
 ちょっとだけ・・・。
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ズル休職

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 12月中ごろから、ズル休職をしてしまった。
 お腹の張りがしんどいので、病院で張り止めの薬をもらい、ついでに先生の勧めと私の怠け心の勧めから、『切迫早産』という名前をいただき、自宅安静の診断書でもって休職としてもらった。
 実際、赤ちゃんは下がってきていたらしいが、張り止めの薬を飲んで、2,3日横になっていたら、何事もなく元気になった。

 うつ状態全開のときの私であれば、そういう行動を起こさなかっただろうし、仮に休職となったとしても、ひたすら自己嫌悪の嵐の中で不安定まっしぐらだっただろうと思います。
 いまなんて「シメシメ」と思うほど・・・。
 変われば変わるものというか、本当に元気になったなぁと言うか、あの時はやっぱり病気だったんだなぁと改めて認識。
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記憶をたどる

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 以前、ブログをこりもせず毎日書いていたころ、『昔ハゲが出来るほどノイローゼ気味でうつだったけど、あのころの記憶がほとんどないんだよ。何歳のころかもあいまい』なんてことを書いていました。
 人間は忘れる動物なので、辛い記憶とかはがんがん忘れていくのだそう。

 たぶん、その当時つらすぎて、記憶がとんでるんだろう、そして、今もうつがよくなったら、このブログを書いていたころのことも忘れてしまうんだろう、と推測。

 忘れた(・∀・)

 もちろんすっぽりなのもかもを忘れてしまったわけではありません。
 10円ハゲができたときのことは、ある日気付くとすっぽりと記憶がなく、いくつかの記憶(主に風景)と事実を重ね合わせて、おそらく何歳のころだったはず!と推測しました。

 今回はブログや日記に書いたりしていたので、証拠となるものがあり(笑)、記憶をたどるのには比較的楽です。
 ブログの記事は電子の藻屑となりましたが。

 前回同様、何を考えていたのかとかどんな気持ちだったのかとか、あまり記憶になく、確かクーラーをつけていたとか、セーターを着ていた、転勤をしたとか、そういう事実を断片的に覚えているだけです。

 初めてお医者さんに行ったとき、何を考えていったのかとかものすごく忘れてしまいました。
 大学時代から付き合っていた彼氏と別れたのもいつのことだったか忘れてしまい、確か何年に別れた!と思っていたら、日記を読み返すと、実はその1年前のことだったことがわかったり^^;

 先日も独身時代のことを話していると、
 旦那様:「あの時、みんなで遊んでるのに、お前はいきなり泣き出すし、○○は帰らないし・・・。ほんっと困ったんだよなぁ~」
 わたし:「は?」
 旦那様:「いやだからさ、ほら途中から○○が来て、バイオハザードやりはじめたときあったじゃん」
 わたし:「あったっけ?」
 旦那様:「覚えてないのか~。じゃぁ、あの時よっぽどつらかったんだね」
  とかいうことがあったり。

 予想通りというか、なんと言うか・・・。
 のどもとすぎればっていやつなのかしら・・・。
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ブログ休む前のこと④~服薬中止~

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 赤ちゃんができたのがわかったため、迷うことなく、服薬を中止。
 デプロメール(抗うつ剤)、ガスモチン(胃薬)、デパス(安定剤)の3種類。
 ネットで調べてみると、だいたい「服薬を続けても大丈夫でしょう~」という感じの記事が発見できるので、大丈夫なのかもしれませんが、絶対大丈夫という保証する結果がないというだけという感じらしい。

 服薬しながらの妊婦生活を考えなかったのかといわれればうそになるのですが、「やめといてよかったね」という産婦人科の先生と旦那様の手前、積極的に薬のみ続けたいと主張することは出来ませんでした。
 もちろん、自分自身かなり回復していると感じていたし、何より赤ちゃんが出来たという喜びでいっぱいで、ちょっと舞い上がっていましたし。

 とにもかくにも、いきなりやめちゃったわけで、当初は結構つらかった・・・。

 なによりデパスの断薬がつらかった・・・。
 やたらめったら不安になったり、動機が気になってみたり・・・。

 それも2,3週間するうちになくなりました。
 ちょうどそのつらい時期はつわりの時期とも重なって、ぐだぐだにしんどかったんですが、検診で赤ちゃんの影を見るとすっかり元気を取り戻したりしていました。

ブログ休む前のこと③

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 勝手に薬を飲むのをやめるということはしちゃいけないんですが、赤ちゃんが出来たとわかったとあらば、そんなこときにしてられるか!やめてやるわ!と勢いで服薬を勝手にやめた。

 つらくなかったかと言われると、そりゃぶっちゃけつらかった。

 いつもの精神科の先生のところに行く前に、彼に出張から帰ってきてもらって一緒に産婦人科に駆け込みみてもらう。
 検査薬で陽性だったとつげると、特に尿検査もせずに、そりゃあんたご解任だよということで、超音波で見てみました。胎のうが確認できたため、妊娠確定!
 薬を飲んでいたため、それを告げるとひとつずつ調べてくださって、影響はないけど、妊娠がわかってすぐやめたのは良かったかもねということになりました。

 その後、精神科の先生のところに行って、「いや実はできちゃったんすよ」と報告。ついでに、「薬も飲んでねーっす」と報告。
 先生は相当びっくりした様子と「あんたそりゃまずいよ」という顔をしながら、しどろもどろに「何かあったらいつでもおいで」と言ってくださいました。
 こっちとしては、ハッピー大全開だったので、先生のその様子が不思議で仕方ありませんでした。
 わしゃこんなに元気なのに、何をそんなに心配しているんだろうという感じ。

 最近『産後うつ』という言葉を知って、先生のその様子が納得できたしだいで・・・

 そうやって数年来の先生のところに電撃的に別れを告げ、ハッピーバカ妊婦生活をおくることとなりました。
 で、まだ結婚もまだだったため、結婚式はしなきゃいけないわ、引越しはしなきゃいけないわで、ブログを放置しそして削除することを決心し、ブログをやめてしまいましたという次第。

ブログ休む前のこと②~出来ちゃった~

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 月のものが来ない!

 私といったら毎月毎月恐ろしいほど正確に予定通りくるものですから、2、3日遅れるだけできっとアウトだなぁと思っていたところ、その2、3日がたち、4日目を迎えるころ、『誤差の範囲よ~』と自分で自分を落ち着かせているのも限界に達し、妊娠検査薬を購入。
 検査薬は予定より1週間遅れてから検査しないと正確に結果がでないということなので、2本入りを購入。
 まず、その日に試して、たぶん陰性だろうから、1週間たった日にもう一度検査しようと考えて2本入りを購入。

 出張中の彼に「検査薬を買ってみた」とメールで伝える。
 遅れているという話はすでに彼にはしており、もし出来ちゃってたらどうしようと彼はびびって、私は「んなこたぁない」と調子に乗ってました(3日目まではね・・・)。

 さぁて、レッツ検査!

 私の予想に反してみるみる陽性反応の結果へと変化していく。
 うそーまじー( ´∀`)
 何回説明書を読んでもその反応は陽性反応。

 できちゃってるよ!赤ちゃんできちゃってるよ!

 この結果をみて、とりあえずパニくった私は、彼に電話するけれど、仕事のためか通じない。妙にハイテンションでとにかく混乱。うれしいやらなんやらで混乱状態。
 んでとりあえず、食事(笑)
 食後の薬はやめる。
 妊娠検査薬を再度眺めて、再度パニック。
 うひゃー。
 とにかく彼に報告したいけれど、電話に電話。
 パニックがおさまって、どんどん不安になってきた。
 どうしていいのかわからず、誰に話していいかわからず、不安で泣く。
 誰かに話さなきゃいてもたってもいられないので、実家の母に電話(笑)。落ち着いて電話で話していたものの、ついに泣きながら赤ちゃんが出来ちゃったことを話す。

 赤ちゃんの存在を私以外一番に知ったのは、パパたる彼ではなく、ばぁばでちた。

 母の反応としては、「あらそうなの?めでたい」と言わんばかりで、即効「体に気をつけなさい」というアドバイスと、「父には報告しといてあげるわ~♪」ということだけ。怒るわけでもないですよ。
 まぁ、そういう反応をするだろうから、電話したわけでもあるのですが・・・。

 で、ばぁばに報告した後、やっと彼と電話がつながり、できちゃってたことを話すのと母に報告しちゃったよということも話すと、喜びを伝えるのは後回しで、方々に連絡を取りはじめた。
 まず、私の実家の母。会社の出来ちゃった結婚した先輩、自分の実家の両親・・・。私から彼の両親に電話。
 と、まぁ、方々に連絡しまくって、あわただしく時間がすぎ、はっと気がつくと、私は彼から赤ちゃんが出来てうれしいという趣旨の感想を聞いていないことに気付く^^;
 後に、「赤ちゃんが出来て、うれしいよ」とちゃんと言ってくれましたが。

 なはー。

 妊娠発覚のその日から、私はお薬を飲むのを勝手にやめてしまったのでした~。

ブログ休む前のこと①

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 記憶が定かではないのですが・・・。
 ブログやめちゃったのが、おそらく2005年6月ごろ。それ以前のお話をまず。

 2003年に心療内科に初めて行き、なんだかんだで「うつ状態」→「うつ病」と診断され、だらだらと治療の(?)日々。
 原因はプログラマという職業的な問題のせいではなく、単なる性格的問題と環境、人間関係の変化などによると勝手に思い込む。

 そういうわけで、時に症状は回復するも、快復には至らず、2005年を迎えました。

 ブログ『うつと不安のプログラマ』をはじめたのは2004年の秋ごろのはず・・・。
 「うつだ」「元気だ」と駄文を並べては記事の投稿を繰り返す。当時の記事のログは電子の藻屑と消えました。

 X年たる2005年。
 相変わらず、「うつだ」「元気だ」を繰り返すものの、最もひどかった2004年初頭のころに比べると快復なんじゃないだろうかと思うほど元気になっていました。それでも薬は飲んでいましたが。あとは減薬だ!と張り切っていた2005年春。
 当時の処方は、デプロメール、ガスモチン、デパス。それぞれどのぐらい服薬していたのかは忘れました。

 6月頭。
 彼氏(今の旦那)が出張のため、2週間ほど近くにいない。
 体調は悪い。風邪なのか、花粉症なのかわからず、とりあえず、近所の内科を受診するとおそらく花粉症だということでアレルギーの薬をいただいて飲み始めたころ、月のものがきません!
 どうしましょう!?